第二十話 宣戦布告
前線視察から王都に戻ると、状況は一変していた。
「瘴帝国から、使者が来ています」
ガルドが、深刻な表情で報告した。
「使者……?」
「クロス将軍の親書を携えた使者です。国王陛下への面会を求めています」
誠一の胸に、嫌な予感が走った。
「親書の内容は……」
「まだ開封されていません。国王陛下の前で、開けることになっています」
謁見の間は、緊張に包まれていた。
国王、大臣、将軍、宮廷魔術師。聖王国の重要人物が、一堂に会している。その中央に、瘴帝国の使者が立っていた。
黒いローブを纏った、痩せた男。顔には、自信に満ちた笑みが浮かんでいる。
「クロス将軍からの親書をお届けします」
使者が、巻物を差し出した。
国王が、それを受け取り、封を解いた。
読み始めた国王の顔が、見る見る険しくなっていく。
「……何ということだ」
「陛下、何が書いてあるのですか」
大臣が聞いた。
国王は、親書を読み上げた。
「『聖王国国王アルベルト三世へ。我が瘴帝国は、貴国に対し、以下の要求を行う。一、聖浄師セイの身柄を引き渡すこと。二、封水点の位置を開示すること。三、国境地帯の支配権を譲渡すること。この要求が受け入れられない場合、我が瘴帝国は、貴国に対し武力を行使する用意がある。——瘴帝国将軍、クロス』」
どよめきが、謁見の間を包んだ。
「宣戦布告だ……!」
「聖浄師の引き渡しなど、できるわけがない!」
「封水点の情報を渡せば、世界が滅ぶ!」
大臣たちが、口々に叫んだ。
誠一は、黙ったまま親書を見つめていた。
黒崎からのメッセージ。それは、明確な挑戦状だった。
「使者よ」
国王が、声を発した。
「クロス将軍に伝えよ。聖王国は、いかなる要求も受け入れない。我々は、最後まで戦う」
「……お望み通りに」
使者は、薄く笑った。
「では、戦争ということになりますな。クロス将軍は、この回答を楽しみにしておられることでしょう」
使者が去った後、緊急の軍議が開かれた。
「戦争は避けられん」
国王が言った。
「全軍に動員令を発する。瘴帝国の侵攻に備えよ」
「陛下、我々の戦力では、瘴帝国に対抗できません」
将軍が、苦渋の表情で言った。
「兵力差は、三対一以上。さらに、瘴帝国には『強化兵士』がいます」
「では、どうすれば良い」
「……時間を稼ぐしかありません。援軍を待ち、防衛線を固める」
「援軍? どこから」
「西の同盟諸国に、救援を求めます。彼らとて、瘴帝国の脅威は認識しているはず」
「間に合うのか……」
軍議は、悲観的な空気に包まれた。
だが、誠一は別のことを考えていた。
「陛下」
誠一が、声を発した。
「私に、一つ提案があります」
「何だ、聖浄師」
「封水点を、守りましょう」
「封水点……?」
「瘴帝国の真の狙いは、封水点の破壊です。それを防げば、彼らの計画は挫折する」
国王は、誠一を見つめた。
「封水点の位置を、知っているのか」
「ゴルド老師の研究で、特定できています。七つの封水点のうち、三つは聖王国領内にあります」
「なぜ、それを今まで黙っていた」
「情報の漏洩を防ぐためです。王宮内に、スパイがいます」
どよめきが、再び広がった。
「スパイ……?」
「宮廷魔術師のマルコです。彼は、瘴帝国と内通しています」
「証拠はあるのか」
「あります。彼を尾行し、瘴帝国の工作員と接触するのを確認しました」
誠一の告発に、謁見の間は騒然となった。
レオナルドが、顔を真っ赤にして立ち上がった。
「でたらめだ! マルコは、忠実な魔術師だ!」
「では、なぜ彼は月に二度、王宮を離れるのですか」
「地方への魔術指導だ!」
「その日程が、奴隷市場に『特別な客』が来る日程と一致しています。そして、その『客』は左手に蛇の刺青をしていた——マルコと同じ刺青です」
レオナルドの顔が、引きつった。
「それは……偶然だ……」
「偶然にしては、できすぎています」
誠一は、冷静に言った。
「マルコを拘束し、尋問すれば、真相がわかるはずです」
国王は、しばらく沈黙していた。
やがて、決断を下した。
「マルコを拘束せよ」
「陛下!」
レオナルドが叫んだが、国王は手を上げて制した。
「聖浄師の告発には、根拠がある。事実確認のためにも、マルコを尋問する必要がある」
騎士たちが動き、マルコが拘束された。
レオナルドは、憎しみの目で誠一を睨んでいた。だが、何も言えなかった。
「聖浄師セイ」
国王が言った。
「封水点を守る作戦を、任せる。必要な兵力と物資は、すべて提供しよう」
「ありがとうございます、陛下」
誠一は、頭を下げた。
戦争が始まろうとしていた。
そして、誠一は、その最前線に立つことになった。
その夜。
誠一は、自室で一人、考えていた。
親書の最後に、もう一つ、書かれていた言葉があった。
「久しぶりだな、汐見」
黒崎からの、個人的なメッセージ。
「お前が大切にしているものを、すべて奪う。覚悟しておけ」
それは、宣戦布告であると同時に、決闘の申し込みでもあった。
「黒崎……」
誠一は、窓の外を見つめた。
二つの月が、静かに輝いている。
「俺も、覚悟はできている。この世界を、守ってみせる」
決意を新たに、誠一は戦いの準備を始めた。
【第一部 完】




