第十九話 前線視察
マルコの監視を続ける一方で、誠一は別の任務を与えられた。
「前線を視察してきてほしい」
国王アルベルト三世が、謁見の間で言った。
「聖王国と瘴帝国の国境地帯。そこで、瘴気汚染がどの程度進んでいるか、確認してきてくれ」
「前線……ですか」
「そうだ。報告によれば、国境の村々で汚染が急速に進んでいるらしい。その実態を、聖浄師の目で確認してほしい」
誠一は、緊張を覚えた。
国境地帯。それは、瘴帝国と直接接する危険な場所だ。黒崎——クロス将軍——の勢力圏に、近づくことになる。
だが、断る理由はなかった。
「わかりました。行きます」
出発は、三日後だった。
誠一の他に、リーネ、ミラ、そして護衛の騎士団が同行することになった。
「セイ、気をつけてね」
ゴルド老師が、見送りに来た。
「マルコの監視は、儂が引き継ぐ。何かあれば、魔術で連絡する」
「頼みます」
「封水点の位置については、まだ誰にも言うな。特に、王宮の者には」
「わかっています」
誠一は頷いた。
国境地帯までの道のりは、五日かかった。
最初の三日間は、比較的平穏だった。街道を進み、途中の町で宿を取り、順調に移動した。
だが、四日目から、景色が変わり始めた。
「瘴気が……濃くなってきた」
リーネが、顔をしかめた。
「ええ。感じます」
道端の草が、黒ずんでいる。空気が、わずかに澱んでいる。瘴気汚染の兆候だ。
五日目。
国境の村に到着した。
「ここが……」
誠一は、言葉を失った。
村は、ほぼ廃墟と化していた。
家々の壁は黒く染まり、畑は枯れ果て、井戸は干上がっている。人の気配がほとんどない。
「何があったんだ……」
「瘴気汚染です」
案内役の兵士が、沈痛な表情で言った。
「一ヶ月前から、急激に汚染が進みました。住民のほとんどが、内陸に避難しています」
「一ヶ月前……」
「それまでは、このあたりは比較的安全だったのですが……。突然、瘴気が噴き出すようになりました」
誠一は、村の中を歩いた。
清掃員としての目で、汚染の状況を観察する。
土壌は深くまで侵食されている。建物の壁にも、瘴気が染み込んでいる。空気中の瘴気濃度も、危険なレベルに達している。
「これは……自然発生じゃない」
「え?」
「汚染のパターンが、不自然だ。どこかに、汚染源がある」
誠一は、村の外れに向かった。
汚染が最も濃い場所を、たどっていく。やがて、古い井戸に行き着いた。
「ここだ……」
井戸からは、黒い靄が立ち昇っていた。明らかに、ここが汚染源だ。
誠一は、井戸の中を覗き込んだ。
「……!」
井戸の底に、何かがある。黒い結晶のようなものが、水面に浮かんでいた。
「あれは——」
「瘴気の核です」
ミラが、後ろから言った。
「瘴帝国で見たことがある。瘴気を凝縮した結晶。あれを水源に投げ込むと、周囲一帯が汚染される」
「人為的に、汚染を広げているのか……!」
誠一の声が、怒りで震えた。
「瘴帝国の仕業だ」
「間違いありません。これは、侵略の準備です」
ミラの目が、暗く光った。
「私の村も、同じ方法で滅ぼされた」
誠一は、井戸に手を向けた。
「浄化する」
青白い光が、井戸の中に降り注いだ。瘴気の核が、光に触れて溶けていく。黒い靄が、少しずつ薄れていく。
だが、その瞬間——
「見つけたぞ」
背後から、声がした。
誠一は振り返った。
十数人の兵士が、村の入り口に立っていた。黒い鎧を纏った、瘴帝国の兵士たちだ。
「聖浄師セイ。クロス将軍からの伝言だ」
兵士の一人が、前に出た。
「『次に会うのが楽しみだ。覚悟しておけ』——と」
「黒崎……!」
「今日は、挨拶だけだ。だが——」
兵士は、不敵に笑った。
「次は、お前の首を取りに来る」
そう言い残し、瘴帝国の兵士たちは去っていった。
誠一は、握りしめた拳が震えているのを感じた。
「待っていろ、黒崎……」
戦いは、すぐそこまで迫っていた。




