第十八話 将軍の名
ミラの証言を基に、調査が進められた。
宮廷魔術師マルコ。左手に蛇の刺青を持つ男。レオナルドの側近として、長年仕えてきた人物だ。
「マルコは、月に二度ほど、王宮を離れます」
リーネが、調べた情報を報告した。
「表向きは『地方への魔術指導』となっていますが、行き先の記録が曖昧です」
「怪しいな」
「さらに、マルコが外出する日程と、奴隷市場に『特別な客』が来る日程が、一致しています」
「それは……決定的だ」
誠一は、確信を深めた。
「マルコを尾行して、証拠を掴もう」
「危険では……?」
「危険だが、やるしかない」
次のマルコの外出日は、三日後だった。
その日。
誠一は、変装してマルコを尾行した。ゴルド老師から借りた魔術具で、気配を消している。
マルコは、王宮を出ると、城下町の裏路地を歩いていった。何度も角を曲がり、尾行を警戒しているようだった。
だが、誠一は見失わなかった。清掃員として培った観察力が、役に立っていた。
やがて、マルコは一軒の廃屋に入っていった。
誠一は、廃屋の窓から中を覗いた。
「……!」
中には、複数の人影があった。マルコの他に、三人。黒いローブを纏った、見覚えのない男たちだ。
「報告しろ」
低い声が聞こえた。
「は。聖浄師の動向ですが——」
マルコが、何かを報告している。聞き取りにくいが、断片的に聞こえた。
「——暗殺は失敗しました——」
「——次の機会を——」
「——封水点の情報は——」
誠一は、息を殺して聞いた。
間違いない。マルコは、瘴帝国と内通している。そして、誠一の暗殺を企んでいる。
「——クロス将軍からの命令は——」
その名前を聞いた瞬間、誠一の体が強張った。
「——聖浄師を排除し、封水点の位置を探れ、と——」
「わかった。引き続き、任務を遂行しろ」
「は」
会話が終わり、黒いローブの男たちが廃屋を出ていった。マルコは、しばらくその場に留まってから、王宮に戻っていった。
誠一は、その場で情報を整理した。
マルコは、瘴帝国のスパイだ。クロス将軍——黒崎——の命令で動いている。
暗殺未遂は、マルコの仕業だったのか。そして、封水点の情報を狙っている。
「急いで、報告しないと……」
誠一は、ゴルド老師の家に向かった。
「なるほど、やはりそうじゃったか」
ゴルド老師は、誠一の報告を聞いて頷いた。
「マルコが瘴帝国のスパイ。そして、レオナルドも——」
「レオナルドは、どうかわかりません。マルコだけかもしれない」
「じゃが、側近がスパイということは、レオナルドも知っている可能性が高い。少なくとも、見て見ぬふりをしているはずじゃ」
「どうすればいいでしょう」
「国王陛下に報告するしかあるまい。ただし——」
ゴルド老師は、声を低くした。
「証拠が弱い。お主の証言だけでは、マルコを捕らえることはできん」
「では、どうすれば……」
「マルコを泳がせるのじゃ」
「泳がせる?」
「次の行動を監視し、決定的な瞬間を押さえる。そうすれば、言い逃れはできん」
誠一は考え込んだ。
「リスクが高い……」
「じゃが、それしか方法がない」
ゴルド老師の言う通りだった。今の段階で騒いでも、マルコは逃げるだけだ。尻尾を掴むためには、もう少し時間が必要だった。
「わかりました。監視を続けます」
その夜。
誠一は、窓の外を見つめながら、考えていた。
クロス将軍。黒崎剛史。
元の世界で、自分を追い詰めた男。この世界では、敵国の将軍として君臨している。
「あいつは、何を考えているんだ……」
暗殺。封水点の破壊。世界を瘴気で満たす計画。
それが、黒崎の目的なのか。この世界を「汚す」ことで、何を得ようとしているのか。
「——清掃員なんて底辺の仕事」
かつて、黒崎が言った言葉が、脳裏に蘇った。
「——俺はこの世界で『汚す側』になった」
汚す側。
それは、清掃員である誠一の真逆だ。
「俺が清める。あいつは汚す。——そういうことか」
対立は、避けられない。
だが、なぜ黒崎は「汚す側」を選んだのか。単なる悪意だけでは、説明がつかない。何か、別の理由があるはずだ。
「……考えても仕方ないか」
誠一は、首を振った。
今は、目の前のことに集中するしかない。マルコを捕らえ、瘴帝国の陰謀を暴く。それが、最優先だ。
黒崎との決着は、その後だ。




