第十七話 ミラの過去
翌日。
ミラを、まず王宮に入れる必要があった。
「難しいな……」
誠一は、考え込んだ。
ミラは元奴隷だ。身分証明もない。王宮に入れるには、何らかの名目が必要になる。
「私の侍女として、登録しましょう」
リーネが言った。
「王女の侍女なら、身元調査も緩い。私が保証すれば、問題なく入れます」
「リーネ……いいのか?」
「もちろん。ミラは、もう仲間ですから」
ミラは、驚いた顔をした。
「本当に……? 私みたいな者が、王女様の侍女に……?」
「『王女様』はやめて。リーネでいいわ」
リーネは微笑んだ。
「これからは、対等な仲間よ」
ミラの目に、涙が浮かんだ。
こうして、ミラは「リーネ王女の侍女」として、王宮に迎え入れられた。
最初の数日は、環境に慣れることに費やされた。
ミラは、王宮の生活に戸惑っていた。清潔な部屋、十分な食事、柔らかな寝具。奴隷市場の地獄から、一転して天国のような環境だ。
「こんな生活、していいのかな……」
「当たり前のことだ」
誠一が言った。
「君は、人間として当然の扱いを受けているだけだ。以前が異常だったんだ」
「でも……」
「過去は変えられない。でも、未来は変えられる。今の自分を大切にしろ」
ミラは、俯いたまま頷いた。
ある夜。
誠一は、ミラから彼女の過去を聞いた。
「私の村は、聖王国の東の端にあった。瘴帝国との国境に近い、小さな村」
ミラは、遠い目をしながら語った。
「平和な村だった。私は、両親と弟と一緒に、普通に暮らしていた」
「いつ、変わった?」
「二年前。突然、瘴帝国の兵士が攻めてきた」
ミラの声が、震えた。
「村は、あっという間に焼かれた。逃げ遅れた人たちは、殺されるか、捕まるか……」
「家族は……」
「父と弟は、私を逃がすために戦って、死んだ。母は、瘴気に侵されて……目の前で、穢れ人になった」
「……」
「私は、逃げた。一人で。何日も、何週間も。気づいたら、王都の近くにいて……そこで、人買いに捕まった」
ミラは、自分の左腕を見つめた。
「奴隷市場で、瘴気に侵された。誰かから感染したのか、それとも……」
「辛かったな」
誠一は、静かに言った。
「でも、君は生き延びた。それは、すごいことだ」
「……生き延びて、何になるの?」
「復讐するんだろう?」
ミラは、顔を上げた。
「瘴帝国に、報いを受けさせるんだろう? そのために、生き延びたんじゃないのか」
「……うん。そうだ」
「なら、今は力を蓄える時だ。君には、戦う力が必要だ」
「私に、戦う力なんて……」
「ある」
誠一は、きっぱりと言った。
「君は、瘴帝国を知っている。奴隷市場を知っている。その知識は、大きな武器になる」
ミラの目が、わずかに輝いた。
「私の知識が……役に立つ?」
「ああ。俺たちに、教えてくれ。瘴帝国のこと、奴隷市場のこと、何でも」
ミラは、しばらく黙っていた。
やがて、静かに語り始めた。
「瘴帝国は……恐ろしい国だった」
「どんな風に?」
「瘴気を、力として使う。兵士たちは、わざと瘴気に侵されて、強化されている」
「瘴気で、強化……?」
「穢れ人になる寸前で、止める技術があるらしい。そうすると、普通の人間の何倍もの力が出せるようになる」
誠一は、眉をひそめた。
「それは……危険すぎる」
「うん。失敗したら、本当に穢れ人になって、理性を失う。でも、瘴帝国は、それを恐れない。兵士なんて、いくらでも補充できるから」
「その補充源が、奴隷市場か」
「そう。聖王国から、汚染者を買い取って、兵士に変える。それが、瘴帝国のやり方」
誠一は、拳を握りしめた。
「ひどい話だ……」
「あと、一つ」
ミラが言った。
「瘴帝国には、『将軍』と呼ばれる人がいる。異界から来た救世主だって」
「……クロス将軍か」
「知ってるの?」
「ああ。元の世界で、俺の上司だった男だ」
ミラの目が、大きく見開かれた。
「上司……?」
「長い話になる。でも、簡単に言えば——俺を虐げてきた男が、この世界では敵国の将軍になっている」
「そんな……」
「だから、俺もあいつには負けられない。絶対に」
誠一の目には、静かな決意が宿っていた。
ミラは、その目を見つめた。
「……セイは、私と似ている」
「似ている?」
「戦う理由がある。個人的な、強い理由が」
誠一は、少し苦笑した。
「そうかもな」
「だから——」
ミラは、真っ直ぐに誠一を見た。
「私、セイを信じる。一緒に戦う」
「……ありがとう」
二人は、静かに頷き合った。




