第十五話 嫉妬と陰謀
暗殺未遂事件は、王宮内で大きな騒ぎとなった。
国王アルベルト三世は激怒し、徹底的な調査を命じた。ガルド騎士団長が陣頭指揮を執り、王宮内のあらゆる場所が捜索された。
だが、刺客の正体は掴めなかった。
「窓から逃げた後、完全に痕跡が消えています」
ガルドが、苦い顔で報告した。
「魔術を使って転移したか、あるいは——」
「内部に協力者がいて、匿われた可能性もある」
誠一が言葉を継いだ。
「……その可能性は、否定できん」
ガルドは、重い溜息をついた。
「正直に言えば、王宮内の全員を疑わなければならない状況だ。セイ殿には、護衛をつけよう」
「いや、それは——」
「国王陛下の命令だ。聖浄師の身に万が一のことがあれば、国の損失は計り知れない」
誠一は渋々承諾した。
その日から、誠一の周囲には常に二名の騎士が付くようになった。行動の自由は制限されたが、安全のためには仕方がない。
だが、誠一の心は晴れなかった。
刺客が残した「結界」という言葉。あれは、魔術師の仕業だ。しかも、王宮内に結界を張れるということは、この場所の構造を熟知している者——
「宮廷魔術師団……」
疑惑が、頭をもたげた。
宮廷魔術師団の棟を、誠一は再び訪れた。
表向きは「衛生点検の続き」という名目だったが、本当の目的は別にあった。
「また来たのですか、聖浄師殿」
レオナルドが、不機嫌そうに言った。
「先日の点検は終わったはずですが」
「追加の確認事項があるんです。排水系統の再チェックを」
「……どうぞ」
レオナルドは渋々通してくれたが、その目には明らかな敵意が宿っていた。
誠一は、棟の中を歩き回った。護衛の騎士二名も同行している。
「ここの換気口、前に黒ずみがありましたよね」
「……ええ」
レオナルドが答えた。
誠一は、換気口を覗き込んだ。黒ずみは——消えていた。
「掃除されたんですね」
「当然でしょう。聖浄師殿のご指摘を受けて、すぐに対処しました」
「そうですか」
誠一は頷いたが、心の中では別のことを考えていた。
あの黒ずみは、瘴気の痕跡だった。何かが、この換気口を通じて出入りしていた。それが、暗殺未遂事件と関係しているとしたら——
「レオナルド殿」
誠一は、直接聞くことにした。
「暗殺未遂の夜、あなたはどこにいましたか?」
レオナルドの顔が、瞬間的に強張った。
「……何を仰っているのですか」
「質問に答えてください」
「私は、自室にいました。研究をしていた」
「証人は?」
「いません。一人で——」
レオナルドの声が震えた。怒りか、それとも——
「聖浄師殿、まさか私を疑っているのですか?」
「疑っているわけではありません。全員に聞いていることです」
「私が、よそ者のあなたを暗殺しようとしたと?」
レオナルドの声が大きくなった。周囲の魔術師たちが、こちらを見ている。
「私は宮廷魔術師団の団長です! 王国に仕える身として、そのような卑劣な行為は——」
「落ち着いてください」
誠一は、静かに言った。
「私は、ただ事実を確認しているだけです。あなたが潔白なら、何も問題ないでしょう」
「……っ」
レオナルドは、拳を握りしめた。その顔は怒りで真っ赤になっている。
「いいでしょう。お好きなだけ調べてください。ただし——」
レオナルドは、誠一を睨みつけた。
「我々宮廷魔術師団を愚弄した報いは、いずれ受けていただきます」
その言葉を残し、レオナルドは去っていった。
「……脅迫ですか」
護衛の騎士が、呆れた声を出した。
「報告しましょうか?」
「いや、いい」
誠一は首を振った。
「証拠もなく騒いでも、何も変わらない。むしろ、敵を刺激するだけだ」
だが、誠一の中で、疑惑は確信に変わりつつあった。
レオナルドは、何かを隠している。
その「何か」が、暗殺未遂と関係しているのか、それとも別の何かなのか——まだわからない。
だが、このまま放置はできない。
「リーネに、相談してみるか……」
誠一は、宮廷魔術師団の棟を後にした。
その夜。
誠一は、リーネとゴルド老師を自室に招いた。
「宮廷魔術師団が怪しい、ということですか」
リーネが、難しい顔をした。
「確証はありません。でも、状況証拠は揃いつつある」
誠一は、これまでの調査結果を説明した。
換気口の黒ずみ。レオナルドの不審な態度。暗殺未遂で使われた「結界」。
「なるほど……」
ゴルド老師が、顎髭を撫でながら言った。
「宮廷魔術師団が、瘴帝国と内通している可能性があるな」
「でも、なぜ?」
リーネが首を傾げた。
「彼らは、王国に仕える身です。裏切る理由がありません」
「理由ならある」
ゴルド老師が答えた。
「権力欲じゃ。レオナルドは、長年、宮廷魔術師団の地位向上に努めてきた。だが、聖浄師が現れたことで、その立場が危うくなった」
「俺のせい、ということですか」
「お主のせいではない。じゃが、お主の存在が、彼らの既得権益を脅かしていることは事実じゃ」
誠一は、苦い思いを覚えた。
現実世界でも、同じだった。新しい方法を導入しようとすると、既存のやり方を守ろうとする者たちが抵抗する。変化を恐れ、自分の立場を守ろうとする。
「どうすればいいでしょう」
リーネが聞いた。
「証拠を集めることじゃ」
ゴルド老師が言った。
「推測だけでは、誰も動かせん。レオナルドと瘴帝国の繋がりを、明確に示す証拠が必要じゃ」
「証拠……」
誠一は考え込んだ。
どうすれば、証拠を掴めるのか。宮廷魔術師団は、誠一に対して警戒を強めているはずだ。直接調べるのは難しい。
「一つ、方法があります」
リーネが言った。
「私が、内部に潜入してみるのはどうでしょう」
「リーネが?」
「私は王女です。宮廷魔術師団に『浄化の修行をしたい』と申し出れば、不自然ではありません」
「だが、危険だ」
「セイと一緒にいる方が、彼らには警戒されます。私一人なら——」
「駄目だ」
誠一は、きっぱりと言った。
「リーネを危険にさらすわけにはいかない」
「でも——」
「別の方法を考えよう。君を餌にするようなやり方は、俺には受け入れられない」
誠一の言葉に、リーネは黙り込んだ。
沈黙が流れた。
やがて、ゴルド老師が口を開いた。
「……一つ、心当たりがある」
「心当たり?」
「王都の城下町に、『奴隷市場』がある」
「奴隷市場……」
「瘴気汚染者が、奴隷として売られている場所じゃ。そこには、瘴帝国との裏取引の痕跡があるかもしれん」
「どういうことですか?」
「瘴帝国は、瘴気を『力』として利用する。汚染者を集めて、兵士に変えておる。その供給源の一つが、この国の奴隷市場じゃ」
誠一は、拳を握りしめた。
「瘴気汚染者を、奴隷として売っている……」
「そうじゃ。そして、その取引を仲介しているのが——宮廷魔術師団の一部ではないか、と儂は睨んでおる」
「証拠は?」
「ない。じゃが、奴隷市場を調べれば、何かが見つかるかもしれん」
誠一は、決意を固めた。
「行きます。奴隷市場に」
「セイ……」
「瘴気汚染者が奴隷として売られている。それ自体が、許せないことだ」
誠一の声には、怒りが滲んでいた。
「清掃員として——いや、人間として、そんな非道を見過ごすわけにはいかない」
リーネとゴルド老師は、誠一の決意を見て取った。
「……わかりました。私も同行します」
リーネが言った。
「今度は、反対しないでくださいね。これは、私の意思です」
誠一は、しばらくリーネを見つめた。
「……わかった。一緒に行こう」
翌日。
誠一とリーネは、変装して城下町に向かった。
護衛の騎士には「私用で外出する」とだけ伝え、目立たない服装で王宮を抜け出した。
奴隷市場は、城下町の外れにあった。
薄暗い路地の奥、朽ちかけた建物が並ぶ一角。そこに、「市場」は存在していた。
「ここが……」
リーネが、顔をしかめた。
臭いがひどい。人間の汗と排泄物、そして——瘴気の臭いが混ざり合っている。
「ひどい……」
建物の中に入ると、檻が並んでいた。その中に、人間が押し込められている。
男も女も、子供もいた。痩せこけ、汚れた体。瘴気汚染の症状で、皮膚が黒ずんでいる者も多い。
「なんてことだ……」
誠一は、言葉を失った。
これが、聖王国の現実か。華やかな王宮の裏で、こんな地獄が存在していたのか。
「お客さん、何かお探しで?」
脂ぎった顔の男が、にやにやしながら近づいてきた。奴隷商人だろう。
「見ての通り、品揃えは豊富ですぜ。男でも女でも、子供でも——」
「……この人たちは、どこから来たんだ」
誠一は、静かに聞いた。
「さあね。色んなところからですよ。瘴気に当たって、家族に見捨てられた連中とか。借金が払えなくなった村人とか」
「瘴気汚染者を、奴隷にしていいのか」
「いいもわるいもないでしょう。汚染者なんて、どうせ死ぬだけなんだから。それなら、少しでも役に立ってもらわないと」
奴隷商人は、平然と言った。
誠一の拳が、震えた。
「セイ……」
リーネが、誠一の腕を掴んだ。
「今は、我慢して。目的を忘れないで」
「……ああ」
誠一は、かろうじて自分を抑えた。
「一つ聞きたい。ここの奴隷は、どこに売られていく」
「色々ですよ。鉱山とか、農場とか。あとは——」
奴隷商人は、声を低くした。
「瘴帝国に売られることもありますぜ。あっちじゃ、汚染者は高く売れるんでね」
「瘴帝国に……」
「もちろん、表向きは禁止されてますがね。裏ルートを使えば——」
「その裏ルートは、誰が仕切ってる」
奴隷商人の目が、一瞬鋭くなった。
「お客さん、随分と突っ込んだことを聞きますね。あんた、本当は何者だい?」
「ただの客だ」
「嘘だね。その目は、ただの客の目じゃない」
奴隷商人が、後退った。
「おい、こいつら怪しいぞ!」
叫び声と同時に、周囲から男たちが現れた。武器を持った用心棒だ。
「まずいな……」
誠一は、リーネを庇うように立った。
「逃げるぞ」
「でも——」
「今は撤退だ。無理はできない」
誠一は、リーネの手を引いて走り出した。
用心棒たちが追いかけてくる。だが、誠一は迷わず路地を駆け抜けた。
「浄化!」
振り返りざまに、光を放つ。用心棒たちが眩んだ隙に、角を曲がる。
「こっちだ!」
リーネの案内で、入り組んだ路地を抜けていく。やがて、追手の気配が消えた。
「はあ……はあ……」
息を切らせながら、二人は立ち止まった。
「大丈夫か、リーネ」
「ええ……。でも、セイ——」
リーネが、誠一の後ろを指さした。
「あの人……」
振り返ると、一人の少女が立っていた。
黒髪を短く切り揃え、痩せた体。左腕が、瘴気汚染で黒く変色している。奴隷市場から、付いてきたらしい。
「……助けて」
少女が、掠れた声で言った。
「お願い……私を、買って」




