第十話 王都への召喚
禁書庫で見つけた文献を、誠一はリーネに見せた。
「これは……すごい発見です」
リーネは、目を輝かせて文献を読んでいた。
「『封水の儀』……。聖典にも、断片的にしか記録がなかった技術です」
「俺のスキルは、これと関係があるのかもしれない」
誠一は、自分の手を見た。
【封水 Lv.5】
村を守ったゾーニングの後、封水のレベルが上がっていた。
「もし封水点が本当に存在するなら、黒崎がそれを狙っている理由もわかる」
「封水点を破壊すれば、魔界から瘴気が溢れ出す……」
「そうだ。瘴帝国にとっては、望ましい状況だ。瘴気が増えれば、彼らの力も増す」
リーネの顔が青ざめた。
「止めないと……」
「ああ。だが、封水点がどこにあるのか、まだわからない」
「文献には、手がかりがないんですか?」
「これを見てくれ」
誠一は、本の一ページを指さした。
「『七つの封水点は、大陸の要所に配置されている。その位置は、封水の守護者のみが知る』……守護者というのが、誰なのかわからない」
「守護者……」
リーネは考え込んだ。
「もしかしたら、ゴルド老師なら知っているかもしれません」
「ゴルド老師?」
「元宮廷魔術師です。『封水の儀』を研究していましたが、異端視されて追放されました。今は、王都の外れで隠遁生活を送っているはずです」
「会えるか?」
「私が案内します」
その日の午後。
誠一とリーネは、王都の外れにある小さな家を訪れた。
周囲は雑草に覆われ、手入れされていない庭が広がっている。家自体も古びており、窓ガラスは汚れで曇っていた。
「ここか……」
誠一は、清掃員としての本能で、この家の状態を観察した。
放置されている。だが、完全に廃屋というわけではない。人が住んでいる気配がある。
リーネがドアをノックした。
「ゴルド老師、リーネです。お話があって参りました」
しばらく沈黙があり、やがてドアが開いた。
「……リーネ王女? 何用じゃ」
現れたのは、白髪白髭の老人だった。痩せ細った体に、汚れたローブを纏っている。だが、その目は鋭く光っていた。
「お久しぶりです、老師。こちらは——」
「知っておる。聖浄師セイじゃろう。噂は聞いておる」
ゴルド老師は、誠一を上から下まで眺め回した。
「ふむ……確かに、浄化の力を持っておるな。それも、並々ならぬ……」
「老師、折り入ってお願いがあります」
リーネが言った。
「『封水の儀』について、教えていただきたいのです」
ゴルド老師の目が、一瞬光った。
「……入れ」
家の中は、外見から想像するより整然としていた。
壁一面に本棚が並び、机の上には羊皮紙と筆記具が散乱している。研究者の部屋だ、と誠一は思った。
「封水の儀について知りたいとは、奇遇じゃな」
ゴルド老師は、椅子に座りながら言った。
「儂が追放されたのは、まさにそれを研究していたからじゃ」
「なぜ、追放されたんですか?」
誠一が聞いた。
「封水の儀は、聖典では『禁忌』とされておる。触れてはならない古代の秘術。それを研究しようとした儂は、異端者として追放された」
「でも、封水の儀は、世界を守るための技術なんじゃないですか?」
「そうじゃ。だが、現在の聖王国には、それを理解する者がおらん。形骸化した儀式だけが残り、本質は失われておる」
ゴルド老師は、溜息をついた。
「儂は五十年、封水の儀を研究してきた。ようやく、その全貌が見えてきたところじゃった」
「全貌……というと?」
「封水点の位置じゃ」
誠一は、身を乗り出した。
「どこにあるんですか?」
「七つの封水点は、大陸の要所に配置されておる。詳細な位置は、古代の地図を解読して特定した」
ゴルド老師は、机の引き出しから一枚の羊皮紙を取り出した。
そこには、大陸の地図が描かれていた。そして、七つの点が赤い印で示されている。
「これが……」
「封水点じゃ。七つのうち、三つは聖王国領内、三つは瘴帝国領内、そして一つは——」
「一つは?」
「両国の国境、無人地帯にある。『大封水点』と呼ばれる、最も重要な場所じゃ」
誠一は、地図を食い入るように見つめた。
「瘴帝国が封水点を破壊しようとしているという噂があります」
「そうじゃろうな。封水点を破れば、魔界から瘴気が溢れ出す。瘴帝国にとっては、世界征服への近道じゃ」
「止める方法は——」
「封水の儀を完成させることじゃ」
ゴルド老師は、誠一を見つめた。
「セイよ。お主の『封水』のスキルは、まさにその鍵じゃ。お主には、封水の儀を完成させる力がある」
「俺に……?」
「儂には、もう時間がない。体も弱っておる。じゃが、お主なら——」
ゴルド老師は、立ち上がった。
「儂の研究を、お主に託したい。世界を救うために」
誠一は、その言葉の重さを噛み締めた。
その夜。
誠一は、与えられた部屋で一人、考え込んでいた。
封水点。封水の儀。黒崎の陰謀。
すべてが、繋がり始めていた。
「俺に、できるのか……」
自問する。
十五年間、清掃員として働いてきた。誰にも認められなかった。誰にも必要とされなかった。
だが、この世界では——
「誰かがやらなきゃ、汚れは消えない」
母の言葉を、誠一は繰り返した。
「やるしかない……か」
決意を固めた、その時だった。
窓の外に、人影が見えた。
誠一は警戒しながら窓を開けた。
「誰だ?」
「……久しぶりだな、汐見」
その声を聞いた瞬間、誠一の体が強張った。
「黒崎……!」
窓の向こうに、黒いローブの男が浮かんでいた。
クロス将軍。誠一の宿敵。
「王都の警備は甘いな。簡単に侵入できた」
「何の用だ」
「伝言を届けに来た」
黒崎の口元が、嘲笑に歪んだ。
「お前が大切にしているもの——すべて奪う。村も、王女も、この国も」
「させるか」
「防げると思うか? お前みたいな底辺が」
黒崎の手から、黒い瘴気が漏れ出した。
「次に会うときが、最後だ。覚悟しておけ、汐見」
そう言い残し、黒崎の姿は闘の中に消えた。
誠一は、握りしめた拳が震えているのを感じた。
「絶対に……守ってみせる」
戦いの火蓋が、今、切って落とされようとしていた。




