第6話 噂とつわり
妊娠五か月目を迎えた頃から、私はすっかり体調を崩していた。
吐き気は朝に限らず、日中も夜も私を襲い、食欲は落ち、立ち上がるだけでも辛い。
これまで公爵家の仕事を当然のようにこなしてきたのに、今は机に座っても書類に目を通せない。
鏡に映る自分は青白く、頬はこけて見えた。
「……情けない」
そう呟くと、黒猫の精霊ララが足元にすり寄り、膝に飛び乗って顔をぺろりと舐めてきた。
思わず涙が滲む。
***
ある日の午後。半ば眠りに落ちていた私の耳に、廊下から侍女たちの囁きが届いた。
「やっぱり公爵様は毎晩、王女殿下の寝所へ通っていらっしゃるそうですよ」
「まあ……やはりそうなのね」
「初夜からずっと。今では本当のご夫婦のように振る舞われているとか」
体が震えた。布団をぎゅっと握りしめる。
心臓が早鐘のように打ち、呼吸が乱れる。
(……そうよね。私は妊娠していて夜の相手なんてできない。だから彼が殿下のもとへ行くのは当然で……)
必死に言い聞かせても、胸の奥に黒い感情が広がっていく。
(でも……もし彼が本当に殿下を好きになってしまったら? 私なんて、もういらないと思われたら……)
涙がこぼれ、枕を濡らした。
***
それでもレオニードは毎日のように部屋に来てくれた。
「顔色が悪いな」
ベッドの脇に座り、額に手を当てる。
その温もりに胸がじんと熱くなる。
彼は必ず、私の手を握り、髪を撫で、最後に額に口づけを落とした。
(どうして……こんなに優しいのに。どうして私は、不安になってしまうの)
愛されていると信じたい。
けれど、疑念は消えない。
「……執務の方は、大丈夫なの?」
恐る恐る尋ねると、彼は何のためらいもなく答えた。
「心配するな。殿下がよく手伝ってくれている。お前は安心して休んでいればいい」
胸の奥が、ざわりと波立った。
(殿下が仕事をしているから安心しろ……? それはつまり、私がこれまで担ってきた役目は、もう必要ないということ……?)
体調を気遣ってくれる彼の言葉が、逆に胸を締め付ける。
ララが布団の中にもぐり込み、私の胸元で丸くなった。
私はその小さな体を抱きしめ、嗚咽を堪えきれなかった。
「ララ……私、怖いよぉ……。レオニードはどうして優しくしてくれるんだろう?殿下と毎晩寝ているのに。」
涙が溢れ、止められなかった。
優しくされるほどに、私は不安に押し潰されていった。