第5話 王女の可愛らしさ
エリスティア殿下は、まるで物語の中から抜け出してきたような女性だった。
陽光を浴びれば金糸のような髪がきらめき、澄んだ瑠璃色の瞳は宝石を思わせる。
その美貌だけでも周囲を魅了するのに、彼女の性格は儚げな見た目とはまるで違っていた。
「セリシアさん、この花、とても綺麗でしょう? あなたと一緒に見たくて呼んだの」
「……殿下がそう仰るなら」
「ふふっ、そういう素直じゃない返事も可愛いわ」
彼女はひょいと私の袖を引っ張り、子供のようにいたずらっぽく笑う。
その無邪気な仕草があまりにも可愛らしくて――同時に胸を締め付けられる。
(……誰だって、この人を好きになってしまうわ)
私はうつむき、心の奥にひやりとした影を感じた。
レオニードも、この人の可憐さに惹かれてしまうのではないか。
そんな不安が、胸の中で大きく膨らんでいく。
***
不安をさらに強めるのは、私自身の過去の記憶だった。
学園時代、私は一人の少女を親友だと思っていた。
同じ寮に暮らし、授業のノートを貸し借りし、将来の夢を語り合った。
「ずっと親友よね」と言い合った夜を、今でも鮮明に覚えている。
けれど、それは脆くも崩れ去った。
第二王子セオドア殿下と、私は同じ研究室(薬草)になった。
薬草の採集や調合でよく一緒に作業し、自然と親しくなった。
その様子を見た親友は、ある日私に囁いた。
「ねえ、セリシア。セオドア殿下を紹介して」
私は快く承諾し、二人を引き合わせた。
けれど殿下は研究一筋で、彼女に興味を示さなかった。
それは彼の性格を知る者なら当然のことだったが――親友は違った。
「わざとよね?」
「あなたが間に入って、私を馬鹿にしたんでしょう」
「本当は最初から私を利用して、王子に取り入ろうとしたんでしょ」
「平凡なあなたが、私より注目されるはずがないのに」
氷のように冷たい声だった。
私は頭が真っ白になり、何も言い返せなかった。
その後、彼女は周囲に噂を流した。
「セリシアは王子に媚びている」「人を踏み台にする卑怯者」――そんな言葉が学園中に広まり、私は一時期孤立した。
授業で隣の席に座る人もいなくなり、昼食を一緒に食べる友人も消えた。
親友だと信じていた人が、私を切り捨て、踏み台にしたのだ。
(……私は裏切られた。あんなに信じていた人に)
その痛みは今も心に棘のように残っている。
だからこそ、私は怯えてしまう。
(また、私は裏切られるのだろうか)
***
けれど皮肉なことに、私の精霊ララと殿下の精霊スーは日に日に仲良くなっていった。
「にゃあ!」
「みゃあ!」
二匹は互いに会いたがり、離れようとしない。
そのせいで、私と殿下も頻繁に顔を合わせるようになった。
お茶の席で、殿下は相変わらず無邪気だった。
「セリシアさん、今日は一緒にお菓子を食べましょう。私、甘いのが大好きなの」
「……は、はい。」
「ほら、また素直じゃない顔をして。そういうところも、可愛いわね!」
まるで子供のように袖を引っ張って笑う殿下。
その儚げな美貌と甘えん坊な仕草のギャップに、周囲が魅了されるのも当然だと思った。
瑠璃色の瞳が輝くたび、私の心はかき乱された。
――友情が少しずつ芽生え始めている。
けれど同時に、嫉妬の影もまた濃くなっていく。
(あんなに優しくて美しい殿下に嫉妬してしまう自分が……醜くて、つらい)
私はそっと目を伏せ、膝の上で丸まっているララの背を撫でた。
精霊の温もりに救われながらも、胸の影は晴れなかった。