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公爵の愛人に落とされても、黒猫精霊はいつもそばで守ってくれます  作者: 風谷 華


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第23話 不器用なプロポーズ

 夜空には、数えきれないほどの星が瞬いていた。

 南国の浜辺。波の音が静かに寄せては返し、砂の上に広げられた布の上で、私は殿下と並んで星を見上げていた。


 ララは膝の上で小さく丸まり、殿下の白鹿は少し離れた場所で空を仰いでいる。

 まるで精霊たちまで、この時間を見守ってくれているかのようだった。


 しばらくの沈黙のあと、殿下がふと息を整えるように深く息を吐いた。

 「……セリシア」

 名前を呼ばれるだけで胸が熱くなる。

 彼の声が、夜の静けさに響いた。


 「僕は……言葉が上手くない。君に想いを伝えるのに、格好のいい言葉も出てこない」

 視線を横に向ければ、殿下の横顔は真剣そのものだった。

 月光に照らされた青い瞳は、どこまでもまっすぐで、嘘も迷いもなかった。


 「でも……君を失いたくない」

 短い言葉に、胸がぎゅっと掴まれる。


 「君が笑ってくれるなら、僕は何だってする。……だから――結婚してほしい」


 不器用で、けれど誠実なその言葉が、心に真っ直ぐに突き刺さる。

 熱いものが込み上げて、視界が滲んだ。


 「……私……」

 声が震え、涙が頬を伝う。

 「私も、好きです。返事を待たせてしまって……ごめんなさい」


 言葉を絞り出しながら、心の奥からあふれてくる想いを止められなかった。


 「でも……本当に、私でいいの? 私は、記憶を失った女で……過去には、公爵の愛人で……」


 その言葉を遮るように、殿下は私の手を握り締めた。

 「君がいいんだ。君以外なら、僕は結婚しないと決めていた」

 瞳に揺るぎない決意が宿る。

 「兄がいるから、僕は立場上、結婚はどっちでもいいと言われてきた。……だからこそ、心から望む相手としか結婚しないと決めていたんだ」


 その言葉に、また涙がこぼれた。

 温かな手のぬくもりが、全身を満たしていく。


 ――その瞬間。


 胸の奥に、鋭い痛みが走った。

 景色が揺れ、まるで閉ざされていた扉が開くように、忘れていた記憶が一気に溢れ出してくる。


 ユリウスを抱き上げたときの重みと温もり。

 彼の小さな子グマの精霊の愛らしい姿。

 レオニードと共に減税のために奔走した日々。

 幼い頃から共に戦い、信じ合ってきた記憶。

 そして――苦しみ、涙した夜。


 全てが一瞬で胸の中に戻ってきた。

 息が詰まり、嗚咽が漏れる。


 「セリシア……?」

 殿下の声が震える。


 私は顔を上げ、涙でぐしゃぐしゃの顔のまま笑った。

 「……戻ったの。全部、思い出した」


 波音が、記憶を慰めるように優しく響いている。


 私はユリウスの名を口にした。

 「……ユリウス……」

 胸が張り裂けそうなほど痛んだ。

 (置いてきてしまった……。あの子を、一人にしてしまった……)


 でも同時に、脳裏に浮かぶ。

 レオニードが愛情を注ぐ姿。

 王女エリスティアが大切に抱きしめてくれる姿。

 ――ユリウスはきっと幸せだ。あの二人に育てられる方が、母である私よりも。


 そして、レオニードも。

 あの人は、エリスティアと共に歩む方が、本当の意味で幸せになれる。

 それが国の未来にとっても正しいことだから。


 (……そう。私がここにいる意味は、もう違う)


 私は深く息を吸い、震える声で言った。

 「私は……母として、ユリウスに幸せになってほしい。

 だから、あの子はレオニードとエリスティア様に育ててもらった方がいいと思うの。

 レオニードも、本当の意味で王女と夫婦になった方が、きっと幸せになれる」


 殿下が目を見開く。


 「みんなが幸せになるために……私は殿下を選びたい」

 そして、涙を拭いながら、ようやく言葉を続ける。

 「……何より、私は……殿下を愛してしまったの」


 その告白に、殿下の頬が赤く染まる。

 次の瞬間、強く抱き寄せられた。


 「ありがとう……セリシア」

 耳元で囁かれたその声が、心に深く沁みて、また涙が溢れた。


 ララがにゃあと鳴き、白鹿が静かに頭を垂れた。

 まるで二人の決意を祝福しているかのように。


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