第15話 告白
朝の光に包まれた中庭は、緑の香りに満ちていた。
花壇の間を、ララが蝶を追いかけてひらりと跳ね回り、その後ろを白鹿の精霊が静かに歩いている。
私はセオドア殿下と並んで小道を歩きながら、胸の奥にほんの少しの安らぎを覚えていた。
――こんな日々が、ずっと続けばいい。
そう願う自分を、心のどこかで叱りつける。
(これは一時の安らぎ。私は母としての責務を果たしていない。ユリウスを抱いてやれない私が、平穏を望むなんて――)
考え込む私の横で、殿下は普段よりも言葉少なげだった。
ちらりと視線を送ると、彼の顔には何かを決意しているような、硬い表情が浮かんでいる。
「殿下……何かお考えですか?」
そう問いかけると、彼は小さく息を整え、歩みを止めた。
白鹿が一歩前に出て、足元の草を踏みしめる音がやけに大きく響いた気がした。
「……セリシア」
呼ばれた名に、心臓が跳ねた。
振り向くと、彼の瞳が真っ直ぐに私を射抜いていた。
「僕は……君が好きだ」
静かな声だった。
けれど、その奥には燃えるような熱が宿っていて、私の胸を一気に揺さぶった。
「初めて会った時から……ずっと、君だけを見ていた」
普段は落ち着き払っている殿下の声が、かすかに震えている。
その誠実さに、息が詰まる。
ララが「にゃあ」と鳴き、私の足元にすり寄ってきた。
白鹿は低く鼻を鳴らし、じっとこちらを見つめている。
――まるで、今の瞬間を見届けるためにそこにいるかのように。
「……殿下……」
私は声を絞り出すのが精一杯だった。
胸の奥に温かいものが広がる。
でも同時に、冷たい痛みが胸を刺した。
(好き……。殿下が、私を……?)
嬉しいと感じる自分が、許せなかった。
(でも私は、公爵の婚約者だった女で……愛人で……彼の子を産んだ女)
(ユリウスを置いてきた母親が、新しい愛を受け入れていいはずがない)
ユリウスの名を心の中で呼ぶたび、胸が裂けるように痛む。
私は彼を抱きしめたい。あやしてあげたい。眠るまで腕の中で見守りたい。
その願いを捨ててきた私に、恋をする資格なんてあるの?
視界が滲み、言葉が喉で詰まる。
「……殿下、そのお気持ちは……とても嬉しく思います」
やっとの思いで口にした言葉は、震えていた。
「ですが……今は……答えられません」
殿下はわずかに目を伏せた。
けれど次の瞬間には真っ直ぐに私を見つめ、静かに頷いた。
「わかっている。答えを急がなくていい。ただ……どうしても伝えたかったんだ」
その声音は、誓いのように真摯で、揺るぎなかった。
だからこそ、胸に深く突き刺さる。
ララが再び「にゃあ」と鳴き、足元で小さな体をすり寄せてくる。
白鹿は澄んだ空を仰ぎ、その角が陽光を反射して光った。
答えは出せない。
でも――殿下の気持ちは、確かに心に届いてしまった。
その事実だけが、いつまでも私の胸に残り続けた。




