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公爵の愛人に落とされても、黒猫精霊はいつもそばで守ってくれます  作者: 風谷 華


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第13話 新しい家、新しい不安

 裏門に用意された馬車の扉を開けた瞬間、私は驚きで息を呑んだ。


 「……殿下」


 そこに座っていたのは、第二王子セオドア殿下だった。

 月光を受けて白鹿の精霊が外に佇んでいるのを見たとき、予感はあった。

 けれど、本当に殿下ご自身が迎えに来てくださっていたとは。


 「どうして……」声が震える。


 殿下は落ち着いた微笑みを浮かべて答えた。

 「言っただろう? 君を一人にはしない、と。だから迎えに来たんだ」


 その声音は静かで揺るぎなく、胸の奥がじんわりと熱くなる。

 私は必死に表情を整え、微笑んで小さく頭を下げた。

 「……ありがとうございます」


 マリアに背中を押されるようにして馬車に乗り込むと、ララが膝に飛び乗り、くるりと丸くなる。

 馬車は静かに夜道を走り出した。


 ***


 森を抜ける道中、しばしの沈黙。

 車輪の音だけが響く中、殿下が口を開いた。


 「新しい住まいには護衛を配置してある。外から見れば質素な屋敷だが、中は落ち着けるはずだ。……安心してくれ」


 「……そこまでしていただかなくても」私は静かに返す。

 「私には、そのように守られる価値はありません。王女殿下や、公爵さまに比べれば……」


 「価値で守るのではない」

 殿下はすぐに言葉を返した。

 「僕が君を守りたいから、守るんだ」


 真っ直ぐに向けられた視線に、心臓が高鳴る。

 けれど私は窓の外へ目を逸らし、夜の森を見つめた。

 暗闇の向こう、遠くに灯が見え始めている。


 「……優しすぎますわ、殿下」

 口元に小さな笑みを浮かべる。

 胸の奥には鋭い痛みが広がっていたけれど、それを外に見せることはしなかった。


 殿下はしばらく私を見つめ、それからふっと表情を和らげた。

 そして、そっと私の肩に手を回し――抱き寄せた。


 「……よく頑張ったね、セリシア」


 低く落ち着いた声が耳元に響く。

 張りつめていたものが、不意にほどけてしまいそうになる。

 けれど私は涙を見せず、小さく息を吐いた。

 「……ありがとうございます」


 ララが膝の上で「にゃあ」と鳴き、二人の間の空気を和ませる。

 マリアも向かいの席で静かに目を閉じ、何も言わずに寄り添ってくれていた。


 ***


 やがて馬車は、石造りの屋敷の前で止まった。

 大きくはないが、庭には花が植えられ、窓から柔らかな光がこぼれている。


 「どうかな。派手さはないけれど、隠れ家にはふさわしいと思う」

 殿下が言う。


 「……ええ、とてもあたたかそうな家ですね」

 私は笑顔で答えた。


 門のそばで白鹿の精霊がゆるやかに頭を下げる。

 その気高い姿を見つめると、胸の重さがほんの少しだけ軽くなった。


 ***


 夜更け、寝室に案内されてからも眠れなかった。

 窓辺に腰掛け、遠くに見える街の灯をじっと眺める。


 (今ごろ、ユリウスはエリスティア殿下の腕に抱かれて眠っているのかしら。……その隣に、レオニードも?)


 胸の奥に渦巻く思いを押し込み、静かに息を吐く。

 ララが膝の上に乗って喉を鳴らし、マリアがそっと毛布を掛けてくれた。


 「大丈夫よ、ララ……これでいいの」


 小さく呟き、目を閉じる。

 涙は流さない。ただ静かに、夜の闇に身をゆだねた。


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