第12話 出立の夜
夜更け。月明かりが差し込む部屋で、私はそっと衣服を畳んでいた。
ほんの少し体を動かしただけで、眩暈がする。ここ数日、体調はずっと優れなかった。
(……ちょうどいいわ。ユリウスを殿下に預ける理由になる)
マリアは黙々と荷物をまとめている。
「奥さま、こちらに保存食を。水も二日分はあります」
「ありがとう……」
声を出すのもつらいが、今夜しかない。
ララは丸めたマントの上にちょこんと座り、じっと私を見ていた。
「にゃあ」
その声に胸が揺れる。(本当にこれでいいの?)と問われているようで。
***
私はユリウスを抱き上げ、エリスティア殿下の部屋を訪ねた。
夜更けにもかかわらず、殿下はまだ灯りをともし、本を読んでいた。
「セリシアさん? どうされたのですか」
「……殿下。お願いがございます。私の体調が思わしくなくて……どうか、今夜はユリウスを殿下に預かっていただけませんか」
殿下は驚いたが、すぐに笑みを浮かべて赤子を抱きとった。
「もちろんですわ。ユリウスは、私にとっても大切な存在ですから」
ユリウスは殿下の腕に収まると、安心したように小さくあくびをした。
その様子に胸が締め付けられる。
(……この子はきっと殿下に守られて生きていける)
「ありがとうございます、殿下」
深く頭を下げ、震える声を抑えるのに必死だった。
***
部屋に戻ると、マリアが出立の準備を整えていた。
「奥さま……馬車は裏門に。殿下の白鹿の精霊がすでに待っています」
窓から覗くと、月明かりの下に白鹿が立っていた。
気高い角を掲げ、静かに待つその姿に、不思議な安心を覚える。
(……殿下が、本当に私を守ってくれるのね)
***
本当は、一目でもいいから彼に会ってから出ていきたかった。
けれど、今夜も彼は館にいなかった。
「今夜は社交の場に呼ばれていると……それに仕事も山積みで」
マリアが言った言葉に、私は小さく頷いた。
(そう……それなら仕方ないわね)
そう思いかけたが、心の奥に別の疑念が生まれる。
(……本当に? だって、今夜ユリウスを殿下に預けに行ったとき、もしやレオニードもそこに……?)
胸の奥がぎゅっと締め付けられた。
「……さようなら、レオニード」
声に出した瞬間、その言葉はただの別れの挨拶ではなく、絶望を帯びて響いていた。
***
裏門には馬車が待っていた。
マリアが荷物を積み、ララが座席に座ってこちらを見上げる。
最後に思い浮かんだのは、殿下の腕に抱かれ眠るユリウスの姿だった。
「……幸せになってね、ユリウス」
胸が裂けるような思いを抱えながら、私は夜の闇へと消えていった。




