第11話 決意
夜更け。揺り籠の中で眠るユリウスの寝息を聞きながら、私は便箋を広げていた。
――《私は、公爵家を出ていこうと思います》
ペンを走らせた瞬間、胸がえぐられるように痛んだ。
ユリウスを置いていくと決めたからだ。
(……でも、この子はここに残るべき。レオニードとエリスティア殿下のもとで育った方が幸せになれる)
涙が紙に落ち、文字をにじませていく。
***
数日後、殿下から返事が届いた。
――《君がその決意を固めたのなら、僕は尊重する》
――《だが、一人で生きていくのは危険すぎる。僕が家を用意する。護衛も整える。どうか僕に任せてほしい》
便箋を読みながら、胸が熱くなった。
けれど、すぐに首を横に振る。
(……迷惑はかけられない。セオドア殿下に頼るなんて、できない)
震える手で返事をしたためる。
――《お気持ちだけで十分です。これ以上殿下にご迷惑はかけられません》
そう記した瞬間、胸の奥がひどく痛んだ。
***
さらに数日後。
また返事が届く。
――《断られても、僕は君を守る》
――《これは迷惑ではなく、僕自身の意思だ。君が無事でいてくれることが、僕にとって何より大切なのだ》
便箋を胸に抱きしめたとき、涙があふれて止まらなかった。
***
その夜、私はマリアとララに打ち明けた。
「……マリア、ララ。私、この公爵家を出ていこうと思っているの」
声にすると、胸がひき裂かれるように痛んだ。
「そして……ユリウスを、ここに置いていくつもり」
マリアは息を呑み、目を大きく見開いた。
「奥さま……!」
「だって……私がここにいる限り、レオニードとエリスティア殿下の幸せを邪魔してしまう。ユリウスは……二人に育ててもらった方が幸せになれるわ」
声が震え、涙が頬を伝う。
マリアは唇を噛み、やがて強く言った。
「……ならば、私もお供いたします」
「マリア……?」
「奥さまを一人で行かせるなんて、ありえません。どこまでもお供いたします」
ララが「にゃあ」と鳴き、こくんとうなずくように尻尾を振った。
その仕草に、胸が温かくなる。
けれど次の瞬間、マリアが視線を伏せ、小さな声で告げた。
「……実は、第二王子殿下から手紙をいただいておりまして」
「え?」
「奥さまの安全のために――どうしても用意した家に住まわせてほしい、と」
マリアは真剣な瞳で私を見つめた。
「殿下は、奥さまが断ることを分かっていて、それでも頼んでこられました。私は……奥さまを守るために、その意を汲むべきだと思っています」
胸が大きく揺れる。
(……殿下は、そこまで……)
ララが「にゃあ」と小さく鳴き、私の膝にすり寄った。
その温もりに押されるように、私は小さく頷いた。
「……わかったわ。殿下のご厚意を……受け入れます」
涙で声が震えた。
ユリウスを見下ろしながら、心の奥で呟く。
(ごめんなさい……あなたを置いていく。でも、どうか幸せになって)




