第9話 繁盛する商会
……商会の名前、どうしましょうか」
侍女のマリアが帳簿を抱えながら首を傾げる。
私はユリウスを膝に抱き、ララは机の端で毛繕いをしている。
子グマの精霊は揺り籠から小さな声をあげ、私の指をぎゅっと握って離さなかった。
「……そうね。私の大切な人、ユリウスとララを名前に使いたいわ。」
ララが「にゃあ」と鳴き、子グマがちょこんと鼻を寄せてくる。
思わず笑みをこぼす。
「ユリウスとララ……二人を合わせて、『ユリラ商会』。どうかしら」
「素敵です、奥さま!」
マリアが目を輝かせ、力強く頷いた。
こうして――ユリラ商会は産声を上げた。
***
それからの日々は、目まぐるしく過ぎていった。
ユリラ商会は驚くほどの速さで街に広まり、ジャムやドライフルーツは飛ぶように売れていった。
「侯爵夫人から追加で二十瓶のご注文です!」
「商人ギルドの仲買が、五十瓶まとめて買い取るそうです!」
マリアが駆け込んでくるたび、私は目を丸くするしかなかった。
倉庫の棚は常に空っぽになり、従業員を増やさなければ回らないほどだ。
「ええ……でも、これなら」
「はい、奥さま。ユリラ商会は、きっと国で一番の店になります!」
マリアの声に背中を押されるように、胸が高鳴った。
***
そして次に始めたのは、念願のカフェだった。
陽の光が差し込む窓辺、木のテーブルには白いクロス。
壁には南国の花々が飾られ、甘い香りが漂う。
「このジャムを練り込んだパイをもう一つ!」
「フルーツティー、香りが素晴らしいわ!」
昼下がりの店内は、令嬢たちの笑い声と紅茶の香りで満ちていた。
庶民も憧れを込めて訪れ、小袋に入ったドライフルーツをお土産に持ち帰る。
「奥さま……本当に、夢みたいです」
マリアの言葉に、私は小さく頷いた。
(ユリラ商会……ユリウスと、ララの名前をつけたこの商会が、こんなにも繁盛するなんて)
胸が熱くなる。
けれどその温かさは、すぐに黒い影に覆われた。
***
(……レオニードは、どうしてあんなにもエリスティア殿下と一緒にいるの?)
昼間は執務を共にし、夜は殿下の寝所へ。
耳に入ってくるのは「仲睦まじい夫婦」という噂ばかり。
「商会が順調だなんて素晴らしいことじゃないですか!」
笑顔でそう言うマリアに、私は返事をする声を失っていた。
(私に隠している? 二人で、私を欺いているの?)
ユリラ商会がどれほど繁盛しても、ユリウスがどれだけ可愛くても――。
胸の奥の疑念は、日に日に大きくなっていった。
賑わうカフェの笑い声は、私の心には届かなかった。




