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復讐の錬金術師  作者: ひよこ豆
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第12話 新たな英雄の旅立ち

帝都ルミナリスの中央広場に、朝の光が降り注いでいた。昨夜までの激戦の痕跡が残る石畳の上で、悠斗は深く息を吸い込んだ。空気は清々しく、まるで世界そのものが生まれ変わったかのようだった。


「終わった……のか」


呟きながら、悠斗は自分の手のひらを見つめる。昨夜まで禁断の力で震えていた指先は、今や穏やかに静まっていた。ダリアとの最終決戦での、彼女の最期の言葉が脳裏に蘇る。


『お前は私と同じ道を歩むな』


その言葉の重み。今になってようやく理解できた。復讐とは、結局のところ自分自身を蝕む毒でしかなかったのだ。


「悠斗!」


振り返ると、リアが心配そうな表情で駆け寄ってくる。エルフの耳がわずかに震えているのは、彼女なりに安堵している証拠だった。


「大丈夫?まだ顔色が悪いわ」


「ああ、大丈夫……ただ」


悠斗は言葉を濁す。本当は、まだ心の奥底で小さな疑問が渦巻いているのを感じていた。これで本当に正しかったのか。もっと別の道があったのではないか。そんな思いが、完全には消えずにいる。


リアは悠斗の表情を読み取ったのか、そっと彼の手に触れた。


「迷うことは悪いことじゃない。むしろ、それがあなたらしさよ」


「俺らしさ……か」


悠斗は苦笑する。異世界に召喚されてから、自分が何者なのかずっと分からずにいた。最弱の錬金術師、復讐に燃える者、禁断の力に溺れかけた愚か者。どれも自分の一面だったが、どれも本当の自分ではないような気がしている。


広場の向こうから、ゆっくりとした足音が聞こえてきた。悠斗は身を強張らせたが、現れたのは見慣れた顔。


「カイン……」


剣士の青年は、昨夜の戦いで負った傷を包帯で巻いていた。かつての傲慢さは影を潜め、代わりに深い疲労と、どこか安堵したような表情を浮かべる。


二人の間に気まずい沈黙が流れる。リアは察して一歩下がったが、完全にその場を離れることはしなかった。


「……すまなかった、悠斗」


カインが最初に口を開く。声は震えていて、昔の威勢の良さはどこにもない。


「俺は……俺は本当に最低だった。お前を裏切って、あの迷宮に突き落として……」


「カイン」


悠斗はゆっくりと首を振る。


「もういい。俺も、お前を恨むことばかり考えていた」


「でも、俺のせいで……」


「お前のせいじゃない」


悠斗の声は穏やかだが、確信に満ちていた。


「俺たちは皆、帝国に利用されていただけ。お前も、俺も、クラスの皆も……被害者だった」


カインの目に涙が浮かぶ。彼は必死にそれを堪えようとしたが、結局声を震わせながら続けた。


「それでも俺は……お前を突き落とした時、一瞬だけ安堵したんだ。お前がいなくなれば、俺が一番劣っていることがバレないって……」


その告白に、悠斗は驚く。カインの裏切りには、嫉妬だけでなく、深い劣等感が隠されていたのだ。


「俺は……ずっと怖かった。お前の方が強くて、優しくて、皆に愛されていることが」


「カイン……」


悠斗は初めて、カインを心から理解できた気がした。異世界に召喚された時の混乱、最弱の職業を与えられた屈辱、クラスメイトたちの冷たい視線。それらは全て、カインも同じように感じていたもの。


「お前も苦しんでいたんだな」


「当たり前だ!」


カインは一瞬声を荒げたが、すぐに項垂れる。


「でも、それは言い訳にはならない。俺は……俺は最低の人間だ」


悠斗は深く息を吸う。心の奥で、かすかに残っていた憎しみの欠片が消えていくのを感じた。


「俺は、お前を許す」


カインは顔を上げる。信じられないといった表情で、悠斗を見つめている。


「お前を許す。そして……俺も、お前に許してもらいたい」


「え?」


「俺も間違っていた。復讐ばかり考えて、お前を人間として見ようとしなかった」


悠斗は一歩前に出て、カインに手を差し伸べる。


「もう一度、友達になってくれないか?」


カインの目から、ついに涙が溢れた。彼は震える手で悠斗の手を握り返す。


「ありがとう……ありがとう、悠斗……」


リアは少し離れた場所で、この光景を見守っていた。彼女の目にも涙が滲んでいるのが分かる。


しばらくして、カインは涙を拭いながら言った。


「俺は……俺はもう、昔の俺には戻れない。でも、新しい自分になりたい」


「俺も同じ気持ちだ」


悠斗は微笑んだ。それは、異世界に来てから初めての、心からの笑顔。


「お前たち、感動的な場面は終わったかしら?」


突然の声に二人が振り返ると、ミラが皮肉な笑みを浮かべながら近づいてくる。しかし、その目は優しかった。


「ミラ……」


「まったく、男って単純よね。でも……」


ミラは珍しく照れたような表情を見せる。


「悪くないわ、そういうの」


悠斗は苦笑する。ミラらしい反応。


「それで、これからどうするの?皇帝が失脚して、帝国は事実上崩壊状態よ」


「そうだな……」


悠斗は空を見上げる。雲の向こうに、希望の光が見えるような気がした。


「この世界を、もっと良い場所にしたい。力に頼らず、皆が手を取り合える世界に」


「理想主義者ね」


ミラは肩をすくめたが、その表情は満足そう。


「でも、嫌いじゃないわ、そういうの」


リアが悠斗の隣に並んだ。


「私も手伝う。あなたの夢を、一緒に叶えたい」


カインも決意を込めて頷く。


「俺も……俺も、償いのために何かしたい」


悠斗は仲間たちの顔を見回す。かつては復讐しか考えられなかった自分が、今はこんなにも多くの人に支えられている。不思議な気持ち。


「じゃあ、まずはシルヴァリスに戻ろう。ガルドたちも心配しているだろうし」


「そうね。あの頑固親父、心配で眠れないでいるんじゃない?」


ミラの冗談に、皆が笑った。


四人は肩を並べて歩き始める。帝都の門を出る時、悠斗は振り返る。昨夜まで憎しみの象徴だった建物が、今は単なる石と煉瓦の塊に見えた。


「本当に終わったんだな」


「終わったというより……始まったのよ」


リアが言う。


「新しい物語が」


悠斗は頷く。確かに、これは終わりではなく始まり。復讐の物語は終わり、希望の物語が始まろうとしている。


道の途中で、悠斗は立ち止まる。仲間たちが心配そうに振り返る。


「どうしたの?」


「いや……ちょっと考えていたんだ」


悠斗は心の奥を見つめた。そこには、まだ小さな疑問や不安が残っている。本当にこれで良かったのか。自分は正しい選択をしたのか。そんな思いが完全に消えることはないのかもしれない。


でも、それで良いのだと思う。完璧な答えなど最初からないのだ。大切なのは、その時その時で最善を尽くすこと。そして、間違った時は素直に認めて、やり直すこと。


「悠斗?」


リアの声で現実に戻る。彼女は心配そうに悠斗を見つめている。


「大丈夫だ。ただ……」


悠斗は微笑んだ。


「これからも、きっと迷うことがあると思う。正しい道が分からなくなることも」


「当然よ」


ミラが即答する。


「完璧な人間なんていないんだから」


「でも、その時は俺たちがいる」


カインが力強く言う。


「一人で悩む必要はない」


リアも頷く。


「みんなで考えれば、きっと答えが見つかる」


悠斗は深く頷いた。そうだ、これからは一人ではない。仲間がいる。


「ありがとう、皆」


四人は再び歩き始める。シルヴァリスまでの道のりは長いが、もう孤独ではない。


夕日が地平線に沈む頃、悠斗たちは小さな村に到着した。村人たちは帝国の崩壊を知り、喜びに沸いている。広場には焚き火が焚かれ、煙の匂いと笑い声が夜風に混じって踊っていた。


「勇者様!」


子供たちが悠斗たちの周りに集まってくる。悠斗は苦笑する。


「俺は勇者じゃない。ただの錬金術師だ」


「でも、皆を救ってくれたんでしょう?」


一人の少女が無邪気に言う。悠斗は考えた。確かに、自分は何かを救ったのかもしれない。でも、それは世界だけでなく、自分自身でもあった。


「そうだな……でも、俺一人じゃ何もできなかった。仲間がいたから、ここまで来れたんだ」


村の長老が現れ、一行を歓迎してくれる。その夜、村人たちと共にささやかな祝宴が開かれた。焚き火の周りで踊る人々の影が、石壁に大きく揺れている。手作りの麦酒の泡が口に弾け、焼いた肉の香ばしい匂いが鼻腔をくすぐった。


祭りの輪から少し離れた場所で、悠斗は夜空を見上げている。星々が美しく輝いている。


「一人になりたかった?」


リアが隣に座る。


「いや、考え事をしていただけだ」


「何を?」


「これからのことを」


悠斗は星を指差す。


「あの星のように、皆が輝ける世界を作りたい。でも……」


「でも?」


「本当にできるのかな。俺みたいな奴が」


リアは悠斗の手を取る。


「あなたは変わった。復讐に囚われていた頃とは、全然違う」


「そうかな?」


「ええ。今のあなたなら、きっとできる」


悠斗はリアの手の温もりを感じながら、改めて決意を固める。完璧でなくても良い。迷うことがあっても良い。大切なのは、諦めないこと。


翌朝、一行はシルヴァリスに向けて出発した。道中、様々な村や町を通り、帝国の崩壊後の混乱を目の当たりにする。しかし、人々の表情には希望の光が宿っていた。


「大変な道のりになりそうね」


ミラが呟く。


「ああ。でも、やりがいがある」


悠斗は答える。


シルヴァリスの城門が見えた時、悠斗の心は躍った。ここが、新しい物語の始まりの地になるのだ。


ガルドが城門で待っている。彼の顔には安堵の表情が浮かんでいる。


「よく帰ってきた!」


「ただいま、ガルド」


悠斗は心から微笑んだ。


その夜、シルヴァリスでは盛大な祝宴が開かれた。大広間に響く楽器の音色、テーブルに並ぶ色とりどりの料理、グラスが触れ合う乾杯の音。悠斗は人々の笑顔を見ながら、これまでの道のりを振り返る。


召喚された日の混乱、裏切りの痛み、復讐への渇望、禁断の力への恐怖。全てが今に繋がっている。


「後悔はしていない」


悠斗は心の中で呟く。辛い道のりだったが、この結末に辿り着けて良かった。


祝宴が終わり、皆が眠りについた頃、悠斗は一人で街を歩いていた。石畳に響く自分の足音だけが、静寂を破っている。明日からまた新しい挑戦が始まる。きっと困難もあるだろう。でも、もう怖くない。


振り返ると、宿の窓にリアの影が見える。きっと心配して起きているのだろう。悠斗は小さく手を振る。リアも手を振り返してくれた。


「新しい物語か……」


悠斗は星空を見上げる。かつて"復讐の錬金術師"と呼ばれた自分は、もうどこにもいなかった。今の自分は何者なのか、まだはっきりとは分からない。でも、それで良い。


答えは、これから見つけていけば良い。仲間と共に。


悠斗は深く息を吸う。夜気が肺を満たし、心を洗い清めるようだった。明日への希望を胸に、新しい一歩を踏み出す準備はできている。

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