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6 どのような男が好みなのかと聞かれると


 (シャン)(ファ)の過ごす日々は、割合に忙しい。


 朝の鍛錬の後、朝議にて情報の報告を受け、議題があればその後に庁議にて重要案件の説明を受ける。

 昼食を採り、一時間ほど兵士の訓練に付き合った後は事務仕事を行う。

 夕方になると大保と共に、勉学の建前の下、くつろいで過ごす。たまに大司馬が小言を言いにやって来る。

 そして、あとはそろそろ男を見繕えと、酒の場で男を多数紹介される……。


「面倒くさい。男のことなど、よくわからぬ」

阿花(アーファ)

「飲みの場に現れた目鼻立ちの良い男には興味がわかぬ。そうは思わぬか、阿懍(アーリェン)

「ふふ。文官の間では、そのような男はたいそう()(はや)されるのですよ?」


 天気の良いある日の午後、可愛い大保に膝枕をしてもらいながら駄々をこねていると、大保・(シャン)(リン)はくすくすと笑いながら、翔華の頭を撫でている。


阿懍(アーリェン)もそういう男が好きなのか?」

「私は主上ひとすじでございますよ」

「ならいい」

「ですが、主上。我ら仙は、仙丹を練る近道として日々房中術(ぼうちゅうじゅつ)(はげ)んでいるという噂が市井には根強く在るようです」

「房中術?」

「男女の交わりのことだそうです」

「ゲッホゲホゲホゲホ」


 房中術とは、男女の交わりのことを指すらしい。

 とんでもない噂である。

 何もないところでせき込んだ翔華に、大保・翔凛はくすくす笑っている。


「主上がそれを体現なされば、追従する仙が多く現れ、不実は誠となりましょう」

「とんでもないことを言うな、お前は。だいたい、仙がそんなふうに励むのだとしたら、もっと仙の子が増えているはずであろうが」

「ですわよねえ」


 仙の寿命は長い。

 昇仙の時期や、体内で練っている仙丹の強さにもよるのだが、とにかく、ただ人が人生六十年と言われる最中、多くの仙は戦で討ち死にしない限りは、二百年以上の時を生きる。

 そして、その長い時の中で、どうにも子を産み育てることを忘れてしまうことが多いらしい。

 すべてを後回しにできると思っているのか、はたまた練丹に忙しいのか。

 要するに、少子化の一途を辿っているのである。


「だからこそ、主上がお忘れにならないうちに、皆がその子を皆が求めているのです」

阿懍(アーリェン)……」

「そのような顔をしてもだめです。私も、苦渋(くじゅう)の選択なのですから」

「苦渋」

「何故男なんぞに、私の主上を譲らねばならないのでしょう」


 ぷりぷりと怒っている大保の、冗談だか本気だか不明な言に、翔華はけらけらと声を上げて笑ってしまう。


「主上」

「いや、悪い阿懍(アーリェン)。そのような顔をするな」

「別に、いつもと同じ顔ですわ」

「そなたが男であれば、話は早かろうにな」

「……。主上は、どのような殿方を配に迎えるおつもりなのですか?」

「うーん」


 翔華は山育ちだ。

 生まれ落ちてから三十五年は、人間と接することなく過ごしてきた。


 それから、(シャン)才俊(ツァイジュン)に拾われ、龍夢(シャン)家の門下に入った。


 周りの仙女達は、いつも何も知らない翔華に優しかった。

 果たし状を突き付ける周囲の仙を毎日のように打ち倒す彼女を、英雄のように持て囃した。

 そんな彼女達は、化粧をし、眩いお飾りを着け、肌に気を付け、男の仙達が見ほれるような美を体現し、華として男達を翻弄していた。

 翔華は、それを美しいと思った。

 けれども、彼女達の口にしていたことは、未だに好く理解できないのだ。



   ~✿~✿~✿~


「とっても素敵な方なのよ、花花(ファファ)

「そうなのか?」

「ええ。わたくしを見る目が、とても可愛らしいの」

「可愛らしい」

「あらあら、師妹。そういう言い方では花花(ファファ)には伝わらないわよ」

「うーん、そうですわね……たくましい体つきが魅力的、とか?」

「たくましいからだつき」

「殿方の鍛え上げた体躯はとても見ごたえがありますでしょう?」

「熊の方が見ごたえがあるよ、師姉(ねえさま)

「熊と比べられたら、殿方も何も言えないわねえ」

「そうね、熊と比べられたらね」


 コロコロと笑っていた師姉(ねえさま)達に、翔華は疑問符で一杯だった。


 男が可愛いとはどういうことだ?

 師姉(ねえさま)達の方が絶対に可愛い。

 だいたい、男は体ばかり大きくて固くて、触り心地が悪い。

 師姉(ねえさま)達の方が柔らかくていつだって抱き着くのが楽しい。


 だから仕方なく、(シャン)才俊(ツァイジュン)に聞くことにした。


「男のことを教えてくれ」


 茶を噴き出した(シャン)才俊(ツァイジュン)に、翔華は首を傾げる。


「そういうことは、お前の師姉(せんぱい)達に聞くが良かろう」

「聞いたけど、何を言っているのか良く分からなかったんだ」

「どの辺りが分からなかったのだ」

「男が可愛い、体つきがたくましくて……魅力的?」

「……」


 ため息を吐く(シャン)才俊(ツァイジュン)

 しかし翔華は、身動きせずに彼を待っている。

 諦めた様子の(シャン)才俊(ツァイジュン)は、人払いをすると、翔華に向き直った。


「分かった。麗花(リーファ)、壁際に立ちなさい」

「……? これでいいか?」

「そうだな」


 大人しく壁際に立つ翔華の向かいに、翔才俊が間近に立つ。


「見て分かるとおり、お前は小さい」

「うん」

「私の方が、体が大きく、たくましいであろう」

「筋肉のことなら、そうだな」

「だからお前は、みだりに男とこのような距離で近しく接してはならない」

「はあ」


 翔華の髪を持ち上げ、右手でさらさらと弄んでいる翔才俊に、翔華は何度も目を瞬く。

 全く響いている様子のない愚鈍な師妹(こうはい)に、師兄(せんぱい)たる翔才俊は左手で自身のこめかみを押さえる。


「この体格差で近づかれたら、まずは命の危機を感じるべきだ」

「そうか」

「この距離ならば、仙力を使う前に、私はお前の命を刈り取ることができる」

才俊(ツァイジュン)はそのようなことはしない」

「まあ、そうだが」

「それに、お前に殺されるのは悪くはない」


 目を丸くした後、ゲホンと大きく咳ばらいをした翔才俊を、翔華は不思議そうに見つめる。

 翔華にとって、翔才俊は初めて見た人間だ。

 彼女をここまで連れてきて、世界を見せてくれた。

 彼のやることであれば、翔華はすべて受け入れるつもりだ。


「……それだけではない。お前は女だから、命以外にも危険を感じなければならない」

「うん?」

「この距離に男の私が居るのは、女のお前には困ることであろう?」

「いや、別に」

「……」

「私が好き勝手に抱き着くのを、お前が止めろと言ったんだ」

「そうだったな」


 頭を抱える(シャン)才俊(ツァイジュン)に、翔華は腰に手を当てて仁王立ちをした。


「お前が何が言いたいのかさっぱり分からぬ。師姉(ねえさま)達と同じではないか」

「……もういい。お前はまだ幼い。情緒が育っておらぬ」

「ひどい放り出し方だな」

「しばらくしたら分かるであろうから、適当にしておけ」



   ~✿~✿~✿~


 奴は冷たい男だった。

 あれから数年奴に粘着したものの、ついぞ男について教えてくれなかった。

 最後は「お前が最も仲が良く信頼できる男に全部教えてもらえ」と言うので、「お前がそれだから頼む」と言ったら、顔を真っ赤にして逃げて行ってしまった。


 その後に、翔華は門派の仙の頂点に立ち、長となり、王国を作る算段を練り始めてしまったので、すっかり男のことは忘れていた。


 だがまあ、今思い返してみると。


「確かに、あれは少し可愛かったかもしれない」

「……主上?」

「いや。……最も仲が良く信頼できる男、かな」


 配とするのであれば、確かにそのような男が望ましいであろう。


「……あの龍ではありませんよね」

阿懍(アーリェン)?」

「あれはいけません。あの男には、心に別の女が居るではありませんか」

「女達、の方が正しくはないか?」


 確か、年ごとに番を変えると言っていた。


「より、いけません!」


 これはいけない。

 可愛い大保の頭上に、角が生えているような気がする。


「私は王だ、阿懍(アーリェン)。その、配は多数居ても良いと、官吏は言って来るのだが」

「いつもふざけたことをとおっしゃっているのは主上ではありませんか!」

「そ、それはそうだがな。まあ、別に人の趣味嗜好に口を出さなくても」

「主上のお相手となるのであれば、趣味嗜好にも口を出されるのは当然のことでございます」

「過去のことらしいし」


 あの龍は千年ほど前に眠りついたらしいから、千年以上前のことというか。


「私どもの寿命は長うございます。途中で配を変えるは多々あり、なにより主上はそのお立場から、後宮を持っていらっしゃる」

「後宮……誰も住んでいないアレな」

「けれども、最初の男は慎重にお選びください」


 ぷりぷりと怒っている若くて吊り目がちでとても可愛い大保に、翔華は当然ながら、反論するなどの愚は犯さない。


「主上は最初の男に溺れてダメになる典型的な筋肉型です」


 可愛い大保を怒らせてしまった。

 しかも、結構ひどいことを言われた気がする。

 全部あの龍のせいである。


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