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4 討伐……?


 まあ、それはそれとして、今は目の前の問題に注力しなければならない。


「主上、準備が整いました!」


 大司馬補佐・(シャン)天頼(テンライ)らは、手際よく策を練り、予定よりも早い段階で、準備は整った。


 策自体が簡素だからだろう。

 夏官の三隊が龍を外までおびき寄せ、他の者は全員が洞窟の前で待つという、単純なもの。


「中の様子はどう確認する?」

「私の宝貝(パオペエ)大空鏡晶(たいくうきょうしょう)にて見ることとします」


 大司馬補佐・(シャン)天頼(テンライ)の持つ宝貝・大空鏡晶は、指定した場所の映像を見ることができる仙の力の籠った道具だ。

 空間視を可能とする宝貝は多いが、大司馬補佐の使う者はその中でも一つ頭が飛びぬけている。

 凡なる仙であれば、一度に一か所、しかも本人から一里以内の映像を見るのが限度であるところを、彼は一度に四か所の映像を見ることができるし、その距離は二里までその範囲を広げることができる。

 もちろん、複数の仙が集まり複雑な術式を組み時間をかければ、よりも多くの結果を得ることはできるが、仙が一人で宝貝のみを使って得る効力としては破格の内容である。


「指揮をしながら使えるのか? 四視点に加えて、指揮をするのは中々に労であろう」

「これでも大司馬補佐を担っておりますので」

「なるほどな」

「まあ、大司馬が私を道具として使う方が、より効率が良いのは間違いありませんがね」


 軍の長たる大司馬・翔才俊(ツァイジュン)が指揮を行い、それを軍師でもある大司馬補佐・翔天頼(テンライ)が、要所の映像を見せながら補助する。

 正に鬼に金棒といったところであろう。


「その二人で組まれたら、私を(たお)すこともできるかもな」

「また、心にもないことをおっしゃる」

「心にもない言葉で喜ぶ部下が居るものでな」

「それはまあ、主上のお言葉ですからね」

「冗談だ。本当にそう思っているよ」

「では、我らが天子のお言葉、ありがたく頂戴致します」


 翔天頼はくつくつと笑いながら、洞窟の入り口に掲示用の立て看板を設置すると、その上に、巨大な巻物を広げ、うまく看板に掛けて皆に内容が見えるように固定した。


 看板に吊された白紙の巨大な巻物を見て、(シャン)(ファ)は思わず失笑する。


「笑わないでくださいよ」

「この作業を見ると、なんだか笑えてくるんだ」

「必要なことです」

「いや、わかってはいるんだ。だがしかしな」


 憮然としている大司馬補佐・(シャン)天頼(テンライ)を見ると、より笑いが収まらない。


 この吊るした白紙の巻物こそ、宝貝・大空鏡晶(たいくうきょうしょう)なのだ。


 持ち主である翔天頼が使うことで、巻物に絵が浮かび上がり、遠くの様子を見ることができる。


「もっとこう、恰好良くできないものかな。光で照射して絵を浮かべるとか。インクで描いているわけではなく、仙力で絵を映し出しているのだろう?」

「結局は同じことです。光を照射した先に白紙の巻物を置かないと、絵が不鮮明になるので、巻物を使います」


 それもそうかと黙った翔華に、翔天頼は苦笑する。


「では、始めますよ」


 翔天頼が巻物に触れると、白い巻紙に色が浮かんできて、それがゆらりと絵を結ぶ。それは四つに分かれ、一つは大きな絵を結んだけれども、残りの三つはその大きな絵の横に小さく陣取りをしていて、小さいが故にどうにも見づらかった。


 (シャン)(ファ)が眉を(しか)めていると、背後からワッと歓声が聞こえる。

 彼女が連れてきた、見習い仙人達の声だ。


「遠視図を一度に複数、しかも四つも……!」

「すごい! どれもこれほど鮮明に捉えることができるのですね」

「なぜ大きさが違うのだろう」

「馬鹿だな。空間視は人の頭で見ているんだぞ。気を取られている映像が大きく映し出されるのは道理だ。お前達、四箇所の様子を同時に同じ程度に頭の中で認識できるのか?」

「なるほど……師兄(せんぱい)、ありがとうございます」

「べ、別に良い。こんなの、常識なんだからな!」

「そんなことはないと思います、師兄」

「僕もそう思います、師兄」


 可愛い会話内容に、翔華は思わず慈愛に満ちた笑みを浮かべる。

 どうやら、連れてきた見習い仙人達の中には、空間視を得手とする者が居るのだろう。この度の同行が勉強になっているようでなによりだ。


 それと同時に、自分の大司馬補佐が実力者であったことを改めて知り、『小さい絵は見づらい』などという非難を思ったことを、内心反省する。


「呪符を剥がします。皆、位置につくように」


 大司馬補佐の指揮により、洞窟内外の仙が配置についた。


 問題の呪符を剥がすのは、立案者である(シャン)智宸(チーチェン)だ。

 剝がした後は速やかに身を引き、同時に周囲を囲む夏官が翔智宸の周囲に仙力で防護の術式を展開する手はずとなっている。


 ほかの夏官は仙剣や宝貝を構え、いつでも祭壇に向かって攻撃ができるように備えていた。


 準備が整った様子を見た(シャン)(ファ)は、佩いていた仙剣を抜き、宝貝・大空鏡晶の映像を見ながら、周囲に声をかける。


「皆、構えよ」


 ピリリと空気が凍る。

 人の気配が亡くなり、木々のざわめきだけが空気を揺らす。

 静まり返ったその空間の中、巻物越しに見える祭壇の周囲の夏官だけが動いていた。



 慎重に、しかし迅速に――封印の呪符を剥がす。



 その瞬間、祠の中から大量の瘴気と共に、鋭い岩石の(とげ)が、呪符を剥がした夏官をめがけて飛び出てきた。



 棘の速さはすさまじく、身を引く(シャン)智宸(チーチェン)と防護の術式を貼る夏官よりも一歩、早い。



智宸(チーチェン)!!」



 悲鳴のような声が上がったが、棘は呪符を剥がした夏官・翔智宸に届くことはなかった。


 その場に現れた仙剣が、棘の先を切り飛ばしたからだ。

 (シャン)(ファ)が所持する仙剣と、一部も違わぬ姿のそれが。


「ふむ。策自体はよかったのだがな」

「……主上」

「私が中に居ても良かったかもしれぬ」


 翔華は仙剣を握る右手を構え、仙の力を籠める。

 正確には、仙剣に対してではない。

 そこに飾る、紫色の宝玉に力を籠めているのだ。


 こと、武のこととなると長としての立場を忘れる(シャン)(ファ)に、大司馬補佐・(シャン)天頼(テンライ)は肩を落としている。


「助かりました。ありがとう存じます」

「良い。それより、場はもらうぞ」

「はい。……その方がいいでしょうね。中に居る者では全く対応できていません」


 青い顔をしている大司馬補佐に、(シャン)(ファ)は宝貝・大空鏡晶(たいくうきょうしょう)から目を離さない。

 この会話をしながらも、翔華は仙力を使い続けているからだ。


 洞窟の中――祭壇の周囲は既に、災害地のような有様であった。

 あらゆる岩壁から石の棘が現れ、そこに居る者全員を(ほふ)ろうと狙い続けているのだ。


 そして、それでも死傷者が出ていないのは、翔華がすべての棘を叩き切っているからに他ならない。


 洞窟の中に現れた無数の仙剣が宙を舞い、無数の石の棘を排除し続けている。

 中に居る夏官達が撤退していく様を見ながら、宝貝・大空鏡晶を見つめる翔華の耳に、見習い仙人達の会話が届いた。


「師兄、主上は何をなさっておられるのですか?」

「……主上はおそらく、仙剣を洞窟内に複製して操っておられる」

「仙剣を複製!?」

「師兄、銘星(ミンシン)老師(ろうし)は、仙具を作ることができるのは具術師だけだと言っていました」

「それに、仙人一人が操ることができる宝貝の数は限られています。僕達は一つだって、まだ動かすことが難しいのに」

「でも、そうとしか説明できないだろ。そもそもあの石の棘は、主上の仙剣以外では太刀打ちもできていないじゃないか」


 師兄と呼ばれた見習い仙人の言うとおり、洞窟の中、方々に現れる石の棘に対して対応できている仙は居なかった。

 当初使う予定だった防護の術式は当然ながら使っているし、各自が仙剣を用いて棘を断ち切らんと攻撃を加えている。


 しかし、石の棘は防護の術式を貫き、自然の大岩を断ち切る力を持つ仙剣は、石の棘をはじくことはできても、切ることが叶わない。


(周囲の石に途方もない力を加えて棘を作っているようだな。仙力……神力か? はたまた、呪力と呼ぶべきか)


 要は、夏官達の仙剣に込められた仙力が足りないのだ。

 石の棘は、夏官らが仙剣に込めた以上の力で覆われている。


 なお、(シャン)(ファ)が仙剣で石の棘を叩き切ることができている理由は、彼女が仙剣に仙力を強めに籠めているからに他ならない。

 防御が硬いならば、それ以上の力で殴る。

 力を力でねじ伏せているだけである。

 これを見たら、可愛い大保は黄色い声を上げ、面倒な大司馬は苦笑することだろう。


「出るぞ! 黒龍だ!」


 最後の夏官が飛び出してくると同時に、洞窟から真っ黒な瘴気の影が飛び出してきた。


 おどろおどろしいその様は、翔華の目には洞窟から汚れた雲が飛び出してきたように映る。

 それはそれとして、あの瘴気を吸うと、人体にいい影響はないだろう。

 黒い雲が通った後の木々が萎れており、自然を愛する翔華は眉根を寄せる。


「皆、あれを吸うな。体に良くない」


 煙草の煙の話をしているような翔華に、大司馬補佐・翔天頼は苦笑する。


「対処はしております」

「うん」


 野に居る獣を狩る際には、瘴気についても対策しなければならない。

 通常の獣であれば問題ないが、仙力や神力を持つ獣が呪いに囚われた場合、瘴気を発する魔物と化すことがあるのだ。


 仙の力を持たない狩猟の民は、そのことを熟知し、専用の面具で対応しているが、心配なのは仙のほうである。

 仙は野獣狩りの実戦経験が少ない者が多い。まあ、夏官が神獣狩りに向かうと分かっていた上でその程度の対応もしていないのでは困るのだが、見習い仙人も居るので、一応口にしておかなければならないだろう。


 黒い雲は空に浮かび上がり、ゆらりと形を作ろうと集まっていく。



 それを見た(シャン)(ファ)は。





 雲が形を作る前に大量の仙剣でその雲を薙ぎ切った。





「うわっ……」


 静まり返ったその場から、見習い仙人から声が漏れる。


 幾度も幾度も形を作ろうとするその雲を、(シャン)(ファ)は百本程度の仙剣を操り、すべて薙いでしまう。

 諦めない雲に、翔華はふむと頷くと、大司馬補佐に声をかけた。


「面倒くさいな」

「……さようですか」

「ちょっと挨拶をしてこよう。内容次第で決める」

「はあ……」


 もはや止めることもない大司馬補佐に、翔華は満面の笑みを浮かべて、自分の周囲に仙剣を六本ほど具現する。

 六本を格子状に合わせ、それに飛び乗った翔華は、そのまま宙に浮かぶ雲のかけらに向かって飛翔した。

 仙衣を翻し、美しい黒髪を靡かせるその姿に、周囲からワッと声が上がる。


 彼らの声を背に、翔華は空へと舞い上がり、黒い雲の影に近付いた。

 黒い雲は相変わらず一つに形を作ろうともがいており、彼女の仙剣にそれを邪魔され続けている。


「諦めないものだな」

『――お前か! お前がやっているのか!』

「うん?」


 雲のかけらから声が聞こえて、翔華は夜空の色をしたその瞳をぱちくりと瞬いた。

 どうやら、この状態でも相手は話をすることができるらしい。

 これは、相手が相当な力を持つ神獣であることを示している。


『相手が姿を現す前に邪魔するなど、仙人の風上にも置けない行為だと思わないのか!』

「敵が準備を整えるのを待つなど、阿呆のやることではないか」

『あ、阿呆だと!?』

「特にそなたは力ある獣であろう。私は母から、そういう相手は見た瞬間に逃げるか、即座に()れと教えられている」

『獣か、お前は!』

「獣のそなたは、まるで人間のようだな」


 不毛な会話に翔華はくすりとほほ笑むと、雲が動きを止めたような気配を見せた。


「どうした、龍よ。お前は龍なのだろう? こんなところで私に負けを認めるのか?」

『そなた、美しいな』



「…………………………はあ?」



 言われたことの意味が分からず、(シャン)(ファ)は怪訝な顔をする。


『我に比肩する強さ。美しさ。知的な言。悪くない。良いぞ、そなた』

「……知的か? 大したことは話してないが」

『そなたが相手であれば、我を叩き起こしたことを許してやろう』

「許さずとも好い。この場でそなたの意識を刈り取ってやろう」

『待て! 待て待て、待たないか。我は世にも珍しき黒龍ぞ! そなたも見たいのではないか? 闘ってみたいのであろう?』

「この程度で死ぬ輩との闘いには興味がないな」


 結局、泣き言をわめく黒龍とやらに、翔華は折れた。

 子飼いの龍として主従の誓約を結ぶことを条件に、龍の命を諦めたのである。


 『死ぬかと思った……』


 ようやく顕現した黒龍は、ひとしきり空を泳いだ後、なんと人の姿に転変して降り立ってきた。

 その姿は、すらりと背の高い大男で、美しい黒髪を靡かせ、鼻筋の通った美丈夫である。

 泣きぼくろがなんとも色香を漂わせており、女たらしなその風貌に、夏官や見習い仙人、狩人達はざわめき、翔華は眉根を寄せる。


「お前、人の姿に成ることができたのか」

『おうとも。便利であろう』

「いや、面倒くさいな」

『面倒くさい!?』

「成人した男を飼う趣味はない。やはり斬った方が良かったか」

『男だとだめなのか!? あまりにも勝手が過ぎないか!?』


 再度泣き言を喚く龍に、翔華は再び折れた。

 そして、楽しい討伐の会であったはずなのにどうしてこうなったのかと、想定外の結果にため息を吐くのだった。



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