2 龍夢翔家の修行の地「夢湖泉岳」
この大陸において、翔華の治める龍夢の地は大きなものではない。
世は戦国時代なのだ。
小国が乱立し、国という枠組みに当てはまらない土地も多数ある。
それというのも、今の大陸で覇権を担うのは仙だからだ。
人は体の中に丹を練り、丹を仙丹に昇丹させることで、仙への変化する。
多少寿命が延び、病気に強くなり、仙剣などの宝貝や呪札、仙陣を介して仙術を使うことができるようになる。
そして、仙には派閥――門派があるのだ。
門派の強さは集団の強さに繋がり、土地の強さ、国の強さに繋がる。
こうして、土地は仙の門派に裏付けられた勢力図として切り分けられることとなったのだ。
切り分けられた勢力の一部は、組織を極め、王国として成り立つ。
切り分けられた勢力の一部は、一部は仙の門派としての在り方を極め、仙の住まわる地として封じられる。
これにより、小国が乱立し、強さが正義を裏付ける戦国の世が始まったのだ。
そして、乱立する集団の中では、龍夢の地は割と大きな国の一つではあった。
少なくとも、仙の門派である龍夢翔家と言われて知らぬものが大陸には居ないと思われる程度には、名を轟かせている。
「ほっほっほ。お久しぶりでございますな、主上」
「銘星老師」
ここは夢山の一角に所在する、龍夢翔家の修行の地・夢湖泉岳だ。
夢山は広大な山岳地帯で、全容を把握できている者は居ないと言われている。
けれども、最も麓寄りのこの一角は夢湖泉岳と呼ばれ、仙としての修行の場として、翔家の仙で知らぬ者は居ない。
そして、夢湖泉岳で学んだ仙は誰しもが、この地の最高位の教師である銘星老師に頭が上がらないのだ。
白い髪に、よく蓄えたひげ。白地に赤色が映える、翔家特有の仙衣に身を包むその姿は、若く見積もっても六十代前半といったところであるが、仙であるが故に、そこから実年齢を読み取ることができない。
本人に聞いても、覚えていないと言うばかりで答えないのだから質が悪い。
しかし、百二十年以上を生きていることは間違いないであろう。
腹に狸を飼っている年配の仙に、翔家の長であり、龍夢の王でもある翔華は、気負うことなく頭を下げる。
「お久しぶりです、老師。ご無沙汰しております」
「お元気そうでなによりですよ」
「それだけは、まあ」
「それで、龍のひげ――でしたかな?」
きらりと光るその瞳に、臆することなく翔華は頷く。
「お見込みのとおりです。それで、学生をお借りしたいのですが」
「ほう。熟練の手ではなく、猫の手を借りたいと?」
「経験を積ませたいのでね」
「龍を相手に恐ろしいことだ」
「油断はしていませんが、遅れを取るつもりもありません。そして、これから成すことは大陸にも風聞が流れるでしょう。若者にも見せておかねばなりません」
「主上も十分に年若くていらっしゃいますよ」
「そのようなことをおっしゃるのは、銘星老師くらいのものです」
「おや。大保の翔颯懍と大司馬の翔才俊は、間違いなく同じことを言うと思いますがね」
「……」
既視感のある会話に、翔華が目をそらすと、銘星老師は声を上げて笑う。
「幾らでも連れておいきなさい、我らが武龍王。貴方様が一声掛ければ、希望する者は夢湖泉岳の地より湯水のように沸いて出ることでしょう」
頭を下げた老師は、「少し多いな」と言う女王に、再び声を上げて笑った。




