皇太子から本気で逃れるために眉毛を剃ります
色とりどりの花々が咲き乱れる王宮の春の庭園、8歳前後の幼い婚約者同士、この国の皇太子と公爵令嬢のティータイム
婚約者交流の為の定例のお茶会で、
突然皇太子の向かいに座る公爵令嬢が、忍ばせていたナイフを取り出した。
周りに控えていた護衛騎士達が驚き緊張した瞬間
ジョリッと自分の眉毛を剃り落とし叫んだ
「殿下!!この婚約、破棄してくださいませ!!!」
驚きに見開かれた皇太子の美しい紫の瞳には、やり切った満足感で満面の笑顔の眉なし令嬢が映っていた。
それから10年後…………………………
「ハッハッハ!今日はまた奇抜で素敵な髪型だね!マイハニー!!」
「………………………………………………殿下。」
眉毛を剃り落とし、更に頭をアフロヘアーにした令嬢が、悲しみと悔しさで顔を歪めた
『ぐぅっ…………コレでもまだ駄目なの!?』
10年前の事件の後、王宮に密かにナイフを持ち込み、突然眉毛を剃り落とすような令嬢は、当然皇太子の婚約者に相応しくないとして婚約破棄され修道院にでも入れられると思っていた。
ところが皇太子が言ったのだ
『彼女は何事にも無気力な自分を諌めるために、わざとあの様な奇抜な行動に出たのだ。己を犠牲にする事も厭わぬ忠誠心と献身さに心を打たれた!
彼女を婚約者から外すというのならば、私は皇太子を辞すつもりだ!!』
そう宣言し婚約破棄を阻止し、それまで無気力だったのが嘘のように精力的に政務に関わりだしたものだから、眉毛剃り事件は非難されるどころか賞賛されたのだ。
『どうしてよーーーー!!!!!』
8歳の誕生日、突然前世の記憶を思い出し、自分が小説の中の悪役令嬢である事を知った。
細かな話は覚えていない。
ただ将来、自分が婚約破棄された挙げ句、処刑される未来。
『冗談じゃない!』
そして朝から晩まで皇太子妃教育だと寝る間もないほど勉強、勉強、勉強漬けで秒単位でしばられる毎日。
『ふざけんな!!!』
それまでは当たり前だと受け入れていた環境に反吐が出た。
皇太子にも皇太子妃の座にもまったく興味なんてない。
手っ取り早く婚約破棄される方法を考えた。
『そうだ!眉毛を剃ろう!』
そんな奇行に走る令嬢、婚約破棄されるに決まっている。
成功を確信して満を持して決行したのに………失敗したのだ。
『何でよ!!!!』
それから10年、婚約破棄の為にあらゆる方法を試してみた
巨漢デブになればと暴飲暴食を繰り返し太ってみれば
『ふふ、細く儚げな君も素敵だったけど、ふくよかな君もまた魅力的だね!
でも急に太るのは体に良くない。君がいなくなったら私は生きていけないよ。』
と熱の籠もった視線で見つめられ、王宮医師に健康管理された。
おまけに
『肥満が良くないと言う事を身を持って国民に知らしめようとしたんだね、君はなんて聡明なんだ!』
すぐさま国民の肥満防止対策として運動場の設置やスポーツ大会を開催し、国民の健康に一役買ったと評価された。
それならば破廉恥な娘になればとミニスカ、ビキニで登場してみれば
『そんな魅惑的な格好をしてくるなんて、私の忍耐を試しているのかい?
……………君が望んでくれるなら、私は今すぐにでも君と夫婦になっても構わないよ。』
とベッドに連れ込まれそうになったので、露出の多い服は着れなくなった。
おまけに
『今のコルセットでガチガチに固めた古めかしいファッションに君は反対なんだね。私も服装はもっと自由であるべきだと思うよ。』
古典的なファッション業界に新風を巻き起こしたファッションリーダーとして、また着心地の良い服を定着させたと令嬢達から大人気になった。
どれ程変な格好をしても、奇抜な行動をしても、全て良いようにとられ溺愛される。
常に『君は何を着ても何をしても可愛くて魅力的だね。愛しい私のお姫様。』
と綺羅綺羅した美しい顔を朱に染めて、愛を囁いてくる。
ついクラッとイケメンの愛の告白にトキメキそうになるのを必死に耐えて、
『こんな女がいいなんて、コイツ頭がおかしいんじゃないだろうか?』
と侮蔑の目で睨んでみても
『ふっ、そんな目で見られるなんて新鮮だな。新しい扉を開いてしまいそうだよ。』
と言われて身震いした。
こんな頭の可笑しい令嬢が将来王妃になっても良いのかとか周囲に訴えてみても
『彼女は私が初心を忘れず頑張れるように、あえてあの様な奇抜な格好や行動で戒めてくれるのだよ。彼女がいるからこそ私は頑張れるのだ。」
と私が何かやらかす度に、恐ろしい程のハイスペックさで、それをかき消し上回る成果を上げ、私のおかげだど褒め称えるから、誰も私を不適格だと責める者はいなかった。
それまで隙あらば皇太子妃の座を狙っていた令嬢達も
『私の隣を得たいのならば、彼女と同じように、先ずは眉毛を剃り落としてから来い。』
と一蹴され
『私共にはとても貴女様ほどの献身を捧げる事など出来ませんわ。』
と蜘蛛の子を散らす様にいなくなった。
それでも、ヒロインが現れれば皇太子もコロリと態度を変えるだろうと期待して日々耐えていた。
それなのに、同じく転生者だと思われるヒロインは、私の眉なし顔と奇抜な格好と現状を知ると
『マジすっげ!ここまでして逃げられないとか、怖っ!関わりたくない!!』
と言って逃げて行ってしまった。
『お願い!!見捨てないでぇーーーーー!!!』
今日のアフロも駄目だった……。
もう考えられる手は全てやり尽くしてしまい、来月には結婚式を挙げる手筈になってしまっている。
そして
何も思い浮かばないまま結婚式の前日まで来てしまった。
『もうあと1日しか猶予はない。』
思い詰めてペンキ缶を片手に、
衣装部屋に置かれた婚礼衣装のドレスの前で佇んだ。
『もし、これに落書きしたなら…………。』
ラストチャンスにゴクリと喉を鳴らす。
今まで、色々な事を試してきた。
でもそれは、あくまで他人に迷惑がかからない自分だけに不利益が出る方法だった。
他国の貴賓も招かれる王家の結婚式に、落書きのされたドレスで現れる。
そんな事は絶対に許されないし、公爵家にもお咎めがあるだろう。
何より皇太子も笑いものになってしまう……。
頭のおかしな女として、今度こそ皇太子妃から永遠に外されるだろう。
皇太子も流石にそうなったら……………
「それに手を出したら、さすがの私でも庇いきれない………。」
居るはずのない皇太子の声に驚いて振り向けば、悲しげにこちらを見つめる皇太子と目が合った。
「婚礼衣装は私が明日の結婚式の為に、3年かけて作らせたドレスだ。
そのドレスを滅茶苦茶にしてでも君は私と結婚したくないのかい?」
私の肩がビクリと跳ねる。
皇太子がゆっくり私に近づいてくる。
「私と結婚したくない理由はなんだい?」
優しく問いかけられるも、私は上手く答えられない。
「…………………………。」
黙り込む私に大きく溜息を吐く皇太子。
「私との婚約を破棄したいと本気で思うなら簡単だ、そんな事をしなくても、『私を嫌いだ。』とひとこと言えば言い。」
「…………………………それは。」
(嘘でもそれだけは言いたくなかった。)
10年間も愛を囁かれ続けて来たのだ。
どんな容姿になろうとも、どんな格好をしようとも、どんな事をしでかそうともいつも真っ直ぐ受け止めて、愛され大事にされてきたのだ。
嫌いになんてなれるはずがなかった。
いつしか失敗する傍らで、ホッとする自分にも気づいていた。
断罪される未来が、もうないこともわかってる。
ただ私は怖かった。
小説の中の皇太子は、ヒロインに一途な愛を捧げていた。
今は私に夢中だといっても、あれほど一途な愛を捧げていたのだ、いつかコロリと変わるかもしれない。
『愛しても、いつか捨てられるかもしれない。』
そんな疑念が拭えなかっただけなのだ。
「ねえ………私の愛するお姫様。」
皇太子が私の手を取りキスをする。
「私はこの10年間、毎日君に愛を伝えてきた。」
それからギュッと抱きしめる。
「 もし君が……私を嫌いじゃないと思うなら…………
……………………お願いだから……いい加減、私に絆されてくれないか?」
私を抱きしめる腕と声が、微かに震えた。
「……………………離れていかないで。」
恐怖と不安を押し殺すように、懇願する掠れた声。
『もしかして……殿下も……ずっと怖かったの……?』
愛する人がいつか去ってしまうかもしれない
それは、誰もが持っている恐怖なのか…………。
その事に気付いたら、ボロリと涙が頬を伝った。
ずっと押し込めていた感情が、一気に溢れ出す。
ペンキ缶を放り投げて皇太子に抱きついた。
『私はなんて臆病で馬鹿だったのか!!』
「今までごめんなさい!ごめんなさい!愛しています!愛しています!私も愛しています!!」
突然大泣きで抱きついて、『愛してる』と繰り返す私に、殿下は驚きつつも優しく抱きしめ返してくれた。
結婚式の後
「いやぁ良かったよ!君が本気で私から離れると言うのなら、命を絶とうと思っていたからね!」
「凄い脅された!!!」
満面の笑顔で恐ろしい事を言われて、ドン引きした。
『早まったかもしれない……。』
そう思いながらも、私はとうとう陥落し、
眉毛を剃ることは二度となかったのだった。
おしまい
ご覧頂き有り難うございました。
ヤンデレ執着王子が書きたくなって書いたお話になります。
皇太子がなぜ主人公の事を好きなのかは触れていませんが、『面白い対象』から『好きな子』に変わって行ったと思ってもらえればと思います。