がんじがらめの窮状
武装集団に、あのトーリヌスさんが拉致された。
そんな話を耳にしたら、俺たちには助けに行く選択肢しかなかった。
たとえ微力であっても、何かしらの協力がしたいと思うばかりだった。
だけど今の状況は、俺たちの想像をはるかに超えるややこしさだ。
あまりにも不自然な構図は、叩けば叩くほど不穏な埃が立つ気がする。
「俺たちは、逃げ隠れしません。」
それでも、知るしかない。
事態が収束しない限り解放されないのは確定なんだから、腹を括ろう。
「だから教えて下さい。今の事態の本当の在りようを。」
「分かりました。」
答えるシュリオさんもまた、どこか吹っ切れたような顔をしていた。
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「さっきも言いましたが、現時点で女王陛下は覚悟をされています。」
「トーリヌスさんが殺されるかも、っていう覚悟ですよね。」
「ええ。しかし正確に言うと…」
チラッとノダさんの顔を窺いつつ、シュリオさんは粛々と告げた。
「救出に失敗するかもというより、今後の事情次第では諦める選択も
やむを得ない、という感じです。」
「え…見捨てるって事ですか?」
「あるいは、という仮定ですが。」
「そんな!」
ノダさんの声が悲痛に裏返る。でも俺には、何だか言葉の裏が見えた。
だから、あえて直接訊いてみる。
「ノダさん。」
「何ですか。」
「そもそも今日、トーリヌスさんがどういう立場で図書館に行ったかは
ご存知ですか?」
「え?」
俺の問いに、ノダさんだけではなくシュリオさんたちもピクリと反応を
見せた。…やっぱりそういう事か。
「さっきも見ましたけど、図書館の外があまりにも普段通り過ぎます。
臨時閉館と言っても、閉め出された人が少しは混乱を起こすでしょう。
と言うか、占拠された時にいたのがトーリヌスさんと会社の人だけって
話が、違和感バリバリなんです。」
「……………」
「もしかすると今日って、最初から閉館状態だったんじゃないですか?
その時中にいたのもトーリヌスさんたちだけ。…そう考えれば、色々と
腑に落ちるんですよ。」
「どういう意味?」
俺の言いたい事が読めないらしく、ネミルが疑問の言葉を挟んだ。
それに対し、簡潔に答えてみる。
「状況が揃い過ぎって事だよ。」
「…つまり、あたしたちが思うよりずっと周到に計画されてたって話?
それこそ内通者とかが…」
「どこまでもズバズバ口にするな、君は。」
そう言い放ったのは、苦し気な表情を浮かべるリマスさんだった。
「ああそうだ。現在の状況は、実にいびつな膠着なんだよ。」
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「我々二人の任務は、図書館に突入してトーリヌス氏を救出する事だ。
もちろん、犯人の制圧も含めてな。それは最初から決まっている。」
語るリマスさんは、変わらずどこか自虐的だった。
「だが正直、今のままで実行すれば間違いなく失敗する。その場合、
トーリヌス氏は殺害されるだろう。下手すれば我々も終わりだ。」
「どうして言い切れるんですか?」
「情報が少な過ぎるからですよ。」
答えたのはシュリオさんだ。
彼もまた、自虐的と目に映る。
「相手の人数が判らないのは当然として、図書館の管理棟の間取り図も
手に入りません。こんな状況では、突入したところで迷うだけです。」
「いや、間取り図が手に入らない…って何でですか!?」
どうしてそんなものが無いんだよ。
見た事もない敵の本拠地とかなら、それは当然だろう。だけどあそこは
一般に開放されてる王立図書館だ。その間取りが判らないっていうのは
どう考えてもおかしい。
「王立図書館は、国家防衛に関する資料もかなり収められているんだ。
一般に開放されていない管理棟は、ちょっとした国家機密なんだよ。」
「はあ?」
ネミルも間抜けな声を上げた。俺も同じような声を上げそうになった。
何だそりゃ。
首都のど真ん中にでんと居座ってる図書館の中に、そんな重要な機密が
当然の如く収められてるってのか。国の安全はどうなってるんだよ。
…いや、そうじゃないのか。
まさかそんな場所にという先入観があるからこそ、安全なのだろうか。
正直、俺なんかにそんな事情は想像できない。考えるだけ無駄だろう。
管理棟の間取りは、たとえ女王陛下直属の騎士でも簡単に見られない。
そのあたりの線引きは、俺たちにはどうしたって分からないんだろう。
そうか。
「そう言えばノダさん、ギャラリーに来た時に言ってましたよね。」
俺はノダさんに話を振った。
「仕事の中に、自分は立ち入れない分野があるって。ひょっとすると、
まさに今日のこれとかですか。」
「…そうです。」
小さく頷き、ノダさんは全員の顔をぐるりと見まわして続ける。
「あたしだけでなく、会社の人間も立ち入る事は許されませんでした。
だからこそ、女王陛下のご子息たるトーリヌス様が直接、それも単独で
改装のプランを練るために図書館の管理棟へと出向かれたんです。」
「そういう事かぁ…」
ネミルがうめいた。
なるほどな。
ここに来てようやく、現状がおよそ見えてきた気がする。
「…そこまで知っていて襲撃したという事は、確実に内通者がいる。
いや、首謀者と言ってもいいのかも知れない。トーリヌスさんが誰かを
知ってたからこそ、ここまで周到な拉致が出来たって事なんですね。」
「そういう事ですよ。」
もう完全に開き直っているらしく、シュリオさんが即答した。
「誰も大っぴらには言いませんが、これは単なるテロ行為ではない。
王族への攻撃と言って差し支えない陰謀でしょう。その意味で言えば、
トーリヌス・サンドワ氏は人質には最適の人物だったんですよ。」
「……………ッ!!」
ノダさんがぎりっと歯噛みした。
その気持ちは痛いほど分かった。
やっぱりそういう事だったのか。
だとすると、全てに説明がつく。
「マジかよ…。」
思わず呟いてしまった。
何かできないかと来てはみたけど、まさかこんな話だったとは。
これはある意味、国家存亡に関わるほどの窮状だ。
なのにここに集った人たちは、どうひいき目に見ても実に心許ない。
どうすんだよ、一体。