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ようこそ神託カフェへ!!  作者: 幸・彦
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払拭すべき不信

「気まずい」って形容が、これほど相応しい瞬間もあまりないだろう。

俺もネミルもシュリオさんも、何も言えずにいた。

それを見比べるノダさんは、かなりうろたえていた。

俺たちをここに連行した女性の顔は見えなかったけど、想像はついた。

この上ないほど、怪訝そうな表情になっているに違いなかった。


結果だけ見れば、決して悪くない。少なくとも俺たち二人にとっては。

何の心当たりもないあの状況から、ここまで持ち込めたのだから。

行き先の判らなかったノダさんとの再会も、あっさりと果たせた。


だけど当人たちからすれば、お前ら一体何やってんだって話だろう。



当の俺たちも、そう思ってるから。


================================


「説明してよ、シュリオ。」


膠着した場を動かしたのは、不機嫌そうな女性のそのひと言だった。


「とりあえず、この二人はあなたの知り合いなのよね?」

「…そうだ。」


口振りからして、この二人はたぶん同僚とかそういう関係なのだろう。

そして、シュリオさんが属していると思われるのは…


「あの、もしかしてあなた方は…」


ガッ!!


最後まで問う前に、背中を小突かれ傍らのテーブルに押し倒された。

息が詰まり、声が出せなくなる。


「余計な事を喋るな。」

「…トラン!」


ネミルの声が遠い。対面のノダさんの顔は、露骨に引きつっていた。

目だけを動かし、女性の顔を視界に入れる。しかし、いつもの黒い影を

全くまとっていない。という事は、悪意を持たずにやってるって事だ。


何と言うかこの女性、掛け値なしにプロフェッショナルだな。

個人的な感情ではなく、任務だけに集中して動いている…って感じだ。

当然、「魔王」の天恵は彼女に対し効力は発揮できない。って言うか、

する気もないんだけど。


まともに会話できないし、俺たちは完全に不審者扱いだけど。

少なくともここに集った人たちは、トーリヌスさんの拉致犯ではない。

状況と態度、そして何より面子からその確信は持てた。


しばしの緊迫ののち。


「彼を放せ、リマス。」

「…大丈夫よね?」

「俺が保証する。責任も持つ。」


その瞬間、押さえつける力がスッと抜けた。同時に手の戒めも外れる。

下手に刺激しないよう、ゆっくりとテーブルから上体を起こした。


「彼女の拘束も外してくれ。」

「分かった。」


やがてネミルの両手も解放される。警戒の態度は解いていないものの、

「リマス」と呼ばれた女性の動作に迷いやためらいはなかった。


「トランさん。」

「えっ、はい?」

「自己紹介して下さい。」

「あぁ…はい。」


シュリオさんにそう振られた俺は、どうにか姿勢を正す。何と言うか、

この場で自己紹介というのはかなり苦行だ。神経もすり減る。


「トラン・マグポットと申します。ええっと…ミルケンの街で喫茶店を

経営しております。」

「同じくネミル・ステイニーです。彼と一緒に喫茶店をやっている…」


そこでネミルは、ほんの少し言葉を切った。


「神託師です。」

「神託師?」


油断ない態度で俺たちの自己紹介を聞いてきたリマスさんが、そこで

怪訝そうな声を上げる。


「神託師が喫茶店経営?…と言うか神託師って、もしかして…」

「ああ、そうだ。」


じっと聞いていたシュリオさんが、そこで初めて口を挟んだ。


「僕に天恵を宣告したのは、そこのネミルさんなんだよ。」


================================


こんな狭い所にいると、場の空気の変化というのが嫌でも察せられる。

しかしそれは、少なくとも悪い方の変化ではない気がした。


「…この子が?」


そう言いながら、リマスさんはすぐ傍らのネミルをじろりと睨んだ。

へらっと笑みを浮かべるネミルは、身内びいきを加えてなお胡散臭い。

「神託師」という聖職の説得力が、欠片も感じられなかった。


「あの…」

「あなたは黙ってて下さい。」

「はい。」


遠慮がちにフォローを挟もうとしたノダさんも、一喝されて縮こまる。

ひとまず、俺たちがシュリオさんの知り合いってのは信じてもらえた。

少なくとも拉致犯の一味ではないという事も、どうにか信じてもらえる

余地は生まれたはずだ。とは言え、怪しまれている事実は残ってる。

理由はただ一つ。

ネミルが神託師っぽくないからだ。


だったら…


「ネミルさん、でしたか。」

「は、はい?」

「もし、あなたが神託師というのが本当なら。」


そう言って、リマスさんはネミルを真っ向から鋭く見据えた。


「このあたしの天恵が」

「【合気柔術】ですよね?」

「へっ?」

「すみません、意味が分からないんですけど…合ってますよね?」

「いや…あの…まあ…」


食い気味のひと言に、リマスさんは初めてしどろもどろになった。

毅然とした態度が崩れると、途端に年相応の表情が顔に現れる。

ネミルの両目が赤い光を放っている事に、俺だけが気付いていた。


そうだ。

こいつの説得力というのは、見た目じゃないんだよ。


================================


「分かったろ。」


リマスさんに対し、シュリオさんがそう言って小さく頷く。


「間違いなく、彼女は神託師だ。」

「らしいわね。」


同じく頷いたリマスさんの視線が、あらためて俺たちに向けられた。


「それは信じましょう。それじゃ、もうひとつの疑問に答えて。」

「はい。」

「何でしょう。」


予想はついてる。

だからこそ、俺たちは動じない。


「どうしてトーリヌス・サンドワの事とあの場所を知っていたの?」

「神託師だからです。」


答えるネミルの口調に、迷いなどは微塵もなかった。


「は?」


リマスさんとノダさんの間抜け声がきれいに重なった。無理もないな。

それが理由ですよと言い張るには、あまりにも無茶苦茶な答えだから。


「それで納得できると思って」

「ゴチャゴチャ言ってる場合か!」


俺は、そこで初めて声を荒げた。

ネミル以外の三人が、ビクッと肩をすくませる。…さすがに予想外か。

だけど俺は、もういい加減この場の不毛な応酬には嫌気が差していた。


「シュリオさん。」

「…何です?」

「あなた方の立場は、およそ察しがつきます。ノダさんと一緒にいると

いう事は、特命があるんでしょう。あくまでも俺の想像ですけど。」

「……………」

「それが極秘って事も分かります。だけど、俺たちは事情を知ってる。

別に誰かが漏らしたわけでもない。理由はネミルが神託師だからです。

そこを今ゴチャゴチャ掘り下げても意味がない。違いますか?」

「しかし、この非常時では…」

「非常時だから言ってるんです!」


リマスさんの反論を、今度はネミルが似合わない大声で制した。


「トーリヌスさんは、あたしたちの恩人なんです。だから助けたい。

だからあたしたちはここにいます。それが今の事実です。…だったら、

そのために全力を尽くすべきです。そうでしょノダさん!?」

「そうです。」



迷いのない即答が嬉しかった。

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