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ようこそ神託カフェへ!!  作者: 幸・彦
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重なる邂逅

何をされたか、理解できなかった。ただ目の前の光景がぐるりと回り、

うつ伏せに這いつくばっていた。

傍らに目を向ければ、ネミルも俺と同じように組み敷かれていた。


ザッ!!


しかしその視界も、厚手の目隠しを巻かれた事で完全に塞がれる。

気がつけば、後ろ手にガッチリ手首を固定されてしまっていた。

何かする間もなかった。あまりにも気配がなく、そして迅速な拘束。

相手に悪意があったのかさえ、目を塞がれた今となっては判らない。


「不審な男女二名を拘束。これより戻る。周辺確認を怠るな。」

『了解。』


俺たちを拘束したのは女性だった。しかも若い。多分ノダさんよりも。

何らかの通信器具を使ったらしく、ひび割れた声がかすかに聞こえた。

そっちは男性らしい。…何にせよ、今の時点ではどうにもできない。



見通しが甘かった事を、今になって痛感させられていた。


================================


俺たちはバカだった。


確かに、王立図書館の周辺に混乱は起こっていなかった。でもそれは、

あくまでも表面的だ。間違いなく、あの場所は非常事態の現場だった。

むしろ混乱を生じさせないために、物々しい雰囲気を出さなかった…と

考えられる。本当に今さらだけど。


そんな場所に俺たちは堂々と赴き、小声とは言えトーリヌスさんの名を

口にしてしまったのだ。どこで誰が聞いてるか判らないという状況で、

いくら何でも不注意が過ぎる。

その結果がこれだ。


「立て。喋るなよ」


押し殺した声と共に、膝の裏に力が加えられた。と、その瞬間。


「!?」


うつ伏せに転がされ腕を拘束されたにも拘らず、すんなりと立てた。

耳を澄ませば、傍らに転がっていたネミルも同じように立ったらしい。

何だこの技。

転ばせるのは分かるけど、こんなに簡単に立たせるって何気に凄いな。

そんな事を呑気に考えていた俺の耳に、再び押し殺した声が聞こえた。


「3歩前に、自動車のドアがある。頭を屈めて乗り込め。早くしろ。」

「……」

「自転車は返しておいてやる。」


そのひと言で、俺は指示された通り車に乗り込む事にした。ちなみに、

ネミルは先に乗ったらしい。右肩が触れた感触で彼女だと判った。


「動くなよ。そして喋るなよ。」

「……………」


何も言わず、俺たちは座っていた。やがて自動車がゆっくり走り出す。

どこへ行くか見当もつかない。が、おそらく遠くへは行かないだろう。

この女性がどういう立場の人物だとしても、関係者なのは間違いない。

とすれば、今の時点で現場から遠く離れるなんて事はないはずだ。

もちろん、楽観し過ぎと言われれば返す言葉もない。見通しの甘さが、

この窮状を招いたのも事実だろう。


だけど俺もネミルも、転ばされた時ほど狼狽も動揺もしていなかった。

わずかに触れる肩の感触で、ネミルの怯えもさほどでないと判る。


理由は単純だ。

あれだけ思いきり転ばされた割に、負傷した感じはない。痛みもさほど

残っていない。あの時の技は完全に「相手を制圧する」代物だった。

明らかに害する気なら、あの時点でそういう目に遭わされたはずだ。

この女性は少なくとも、まだ俺たち二人を傷つける気はないらしい。


そしてあの「自転車は返しておいてやる」というひと言。

俺たちみたいな得体の知れない若僧相手に、そんな律儀な事を言う人が

悪人だとは思えない。少なくとも、平気で法を破る人ではないはずだ。

やっぱり楽観だと言われるだろう。だけど、それが悪いとは思わない。

どっちみち、俺たちだけじゃ何にも出来ないのは明らかなんだから。



いざとなれば「魔王」で覆す。

結局、やっぱり出たとこ勝負だ。


================================


予想通り、車はすぐに停止した。

体感で予想するなら、多分同じ場所をぐるぐる回っていたんだろう。

まあ、ここがどこか判らないという状況は同じだ。腹を括るしかない。


「降りろ。」


そう言われると共に、傍らのドアが開いたのが判った。そちらの方へと

向き直ると、さらに声がした。


「気をつけろ、頭打つなよ。」

「……」


やっぱりこの人、悪い人じゃない。いや、むしろいい人かもしれない。

楽観は禁物と言っても、そう思うに十分な印象だ。

先に降りる俺の背に、ネミルの頭がちょんと触れているのが判る。


さあて。

何が出てくるか。


「そのまま入れ。」


どうやら、車を停めたすぐ目の前に建物のドアがあったらしい。

足元に気を付けながらそれを潜り、室内へと足を踏み入れる。目隠しを

しているから明るさは判らないが、室内は防音になっているらしい。


ネミルと女性が中に入ったらしく、ドアが閉められる音が聞こえた。

と、次の瞬間。


「えっ!?…あ、あなたたちが何でここに!?」

「あっ」

「あ」


狼狽する声に、限りなく聞き覚えがあった。それも、ついさっき。

間違いなく、ノダさんの声だった。正直、かなりホッとした。


もちろん、俺たちがこの場所に連行されたのはかなり異常な事態だ。

言い訳が苦しくなるだろうってのも明白だ。それはもうしょうがない。

それでも、ノダさんがいるって事は少なくとも「こっち側」だ。

俺たちにとっては僥倖だった。


「あなたの知り合いですか?」

「ええ。前に仕事を請け負った事があった人たちで…友人です。」


女性の問いにノダさんが即答する。「友人」という言葉が嬉しかった。

じゃあ、とりあえず目隠しだけでも取らせてもらえないか…


「分かった。じゃあ、その目隠しは外していいだろう。」

「了解。」


「え!?」

「えあッ!?」


大助かりの指示を出した声の主は、女性の同僚とおぼしき男性だった。

おそらくあの通信機で会話していた人物だろう。

しかしその声を耳にした俺とネミルは、同時に頓狂な声を上げていた。


「…何よ。」


多分驚いたであろう女性が、訝しげな声を上げつつ目隠しを外した。

室内の明りが眩しく目を射る中で、俺たちは声の主の男性を探す。

探すまでもなく、彼はすぐ目の前にいた。


俺たちの記憶は正しかった。

相手は、驚きで目を見開いていた。

きっと目隠しを外して初めて、俺とネミルの顔を思い出したんだろう。


「…あなたたちは…!?」

「どうしたんですか、シュリオ?」


やっぱりか。

そういう事だったのか。


「お久し振りですシュリオさん。」

「…お久し振りです。」


目の前で驚きの表情を浮かべている男性の名は、シュリオ・ガンナー。



かつてネミルが初めて天恵の宣告をした、あのお騒がせ騎士だった。

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