表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ようこそ神託カフェへ!!  作者: 幸・彦
94/597

戻れない領域へ

ニロアナさんが身の内に秘める天恵「読心」は、その名称が示す通りの

「心を読む」能力だ。ただしこれは相手の記憶や思考などを、根こそぎ

読む事が可能という意味ではない。あくまでもその瞬間、対象の人物が

考えている事を感知できるだけだ。だから前後の脈絡が分からないと、

読んでも意味がなかったりする。


ネミルがこの力を一時的に模倣し、ノダさんの心を読んで得た情報。

それもまたごく短い。当のノダさんからして、あの時伝えられた情報は

きわめて単純なものだったからだ。単純なだけに、ほぼ全てを読んだ。



トーリヌスさんは現在、王立図書館に囚われているらしい。


================================


俺たちはどうするべきか。


「行こう。」

「ああ。」


迷う間もなく、俺はネミルの言葉に頷いた。そこに悔いなどなかった。

どうすべきかという選択は、もはや「行くか行かないか」ではない。

何をすれば力になれるかだ、

とにかく、現地へ行くしかない。

何が出来るかなんて、今ここで頭を悩ませても分かるわけがない。

いつも通りの出たとこ勝負だ。


意を決して、俺は調理場から出た。そしてまっすぐニロアナさんの許へ

向かう。一人の女性と話をしていたのが、終わるところだった。


「ニロアナさん。」

「ん?あ、はいはい。さっきの人はお帰りになったの?」

「はい。急用ができたらしくて。」

「そうなんだ。じゃあ」

「すみません。俺たち二人は今日、これで退出させて下さい。」

「…え?」


俺の口調の強さに、ニロアナさんは怪訝そうな表情を浮かべる。


「まだかなり時間残ってるよ?」

「分かってます。」

「…何か大切な用事でもできた?」

「そうです。」


目をそらさずそう答え、俺は深々と頭を下げた。


「勝手を言って本当にすみません。けど、行かなきゃいけないんです。

俺とネミルにとって…」

「あなたたちにとって、何。」

「行かなかったら、一生後悔する事なんです。」


大げさじゃない。

口にした事で、それを確信できた。

行かなきゃ、絶対に後悔する。


そう、絶対に。


================================


「分かった、行ってきな。」


ニロアナさんの答えに、怒りの響きはなかった。

顔を上げた俺ににっこりと笑うと、俺の隣のネミルの方に向き直る。


「あなたも承知の上よね。」

「はい。」

「ならいいよ。だけど、くれぐれも無茶な事はしちゃだめだからね?」


見透かしたようなその言葉に、俺とネミルはしゃんと背筋を伸ばした。


「はい。」

「あたしにも、あなたたちに依頼をした責任がある。いいわね?」

「承知しています。」

「信じたからね、その言葉。」


そう言って、ニロアナさんは俺たち二人の肩を同時に叩いた。


「用が済んだらすぐ戻って。んで、明日はきっちりとお仕事してよ?」

「分かりました!」


声を揃えて応え、俺たちは迷いなく踵を返した。

もう、振り返ったりはしなかった。



ありがとう、ニロアナさん。

出来るだけ早く戻りますんで!


================================


最低限の片づけだけを済ませた俺とネミルは、ギャラリーを後にした。

王立図書館なら知ってる。ここからそんなに遠くもない。そんな場所で

拉致事件が起こるとは、何とも物騒極まりない話だ。

とは言え、今はそんな話をしている場合じゃない。


「行こう。」

「うん!」


さいわい、ギャラリーのすぐ向かいにレンタサイクルの店があった。

首都だけに、旅行者なんかが観光の足としてよく利用するんだろうな。

今回は二人乗りではなく、1台ずつ借りる事にした。

目指すは王立図書館。


事件の真っ只中だ。


================================


現地までは、10分強で到着した。


予想に反し、警察による厳戒態勢が構築されている様子などはない。

ただ、真っ昼間なのに閉館している事だけは遠目にも分る。おそらく、

緘口令が敷かれているんだろうな。


と言っても、既にノダさんのような立場の人間は事態を周知している。

事件の発生がいつだったにしても、犯人との交渉は始まってるだろう。


「さて、と。」


自転車を降りた俺とネミルは、少し考えを整理する事にした。


トーリヌスさんが囚われているのは目の前の建物。王立図書館だ。

まさに目と鼻の先にあり、外見上はそれほど物々しい状況でもない。

とは言え、詳細は何も分からない。


「ノダさんはどこだろ。」

「警察と一緒にいるのかと思ってたけど、そうとも限らないな。」

「そもそも警察、この件で本格的に動いてると思う?」

「どうだろうなあ。」


何とも言えない。

トーリヌスさんは、離脱していると言っても元ロイヤルファミリーだ。

もしもの事が起こった場合、国内に大きな衝撃が走る事になるだろう。


問題は、今の時点で警察が、そして何より犯人側がトーリヌスさんの

「価値」を正しく把握しているのかという点だ。把握しているのなら、

話は一気にきな臭くなってくる。


もちろん俺たちにとって、あの人の出自なんか限りなくどうでもいい。

世話になったのはあくまでも建築の専門家、そして実業家としてだ。

だけど、そう思わない人間も数多くいるだろう。それもまた現実だ。


「どっちにしても、まだこの状況はそうそう動かないだろうな。」

「だろうね。」


勢い込んで参上したものの、俺たち二人はしがない一般人でしかない。

どんな些細な事でもいいから、今の状況に関する正確な情報が欲しい。

何が出来るかを、それで決める。


「ネミル。」

「うん?」

「どんな形であれ、俺たちは事件にもうかなり踏み込んでる。」

「…だよね、やっぱり。」


そもそもここにいる事自体、天恵を借りたイレギュラーな結果だ。

もしここからの選択を間違えれば、二度と帰れなくなる事もあり得る。


「それでもいいな?」

「もちろん。」


ネミルの即答に、迷いはなかった。

よし。

なら俺も、しっかり腹を括ろう。


「じゃあ、トーリヌスさんの現状をどうにかして把握し」


ダン!

ダァン!!


最後まで言う事は出来なかった。



俺とネミルはその瞬間、抵抗すらもできずに組み敷かれていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ