首都への出張
とりあえず、ニロアナさんが絵画のすごい賞を獲ったのは分かった。
だけど、それと俺たちに何の関係があるのだろうか。
実にもどかしかったけど、それでもまずはココアに集中する。
これを出さないと、答えも出ない。
焦るなよ、俺。
================================
「まさか銀帝までいけるとは、正直思ってなかったんだけどね。」
美味そうにココアを啜りながら語るニロアナさん、醸す謎の大物感。
俺たち三人は、カウンターの椅子に行儀よく並んで話を聴いていた。
「で、受賞者特典があってね。」
「特典?」
「もしかして賞金とかですか?」
ちょっとネミルの目の色が変わる。しかしニロアナさんは首を振った。
「賞金が出るのは、銀帝の二つ下の賞からになるのよ。」
「え?」
何だそれ。
上から三つ目の賞なのに、それ以下の賞にしか賞金が出ないってのか。
詳しい事情なんか分からないけど、聴いた限りでは納得がいかない。
「顔に出過ぎてるよ三人とも。」
「えっ」
「あっ」
「…失礼しました。」
どうやら俺たち三人、納得できない思いがモロに顔に出ていたらしい。
いかんいかん、浅まし過ぎるぞ。
フッと笑ったニロアナさんは、手に持っていたカップを置いて告げる。
「確かに下の賞は賞金だけど、銀帝以上は個展開催権がもらえるのよ。
それもロンデルンのど真ん中にあるギャラリーで、それぞれ五日ずつ。
ハッキリ言って、半端な金額の賞金よりずっといい特典よ。」
「えっ!」
俺たちは、揃って目を見開いた。
こんな田舎で絵画教室を営んでいる人が、首都のギャラリーで個展!?
しかも五日間も!?
「…それ、ひょっとして費用は全部主催者持ちですか。」
「もちろん。」
「マジか…」
何と言うか、雲の上の話だ。
ひとつ上の賞だと、女王陛下に拝謁できる。って事はつまり、主催者は
国なんだろう。国費で個展の開催が出来るなんて、想像を超える話だ。
目の前のニロアナさんが、ますます大物に見えてくる気がした。
「で、相談なんだけどさ。」
「え?あ、はい。」
話に呑まれて、すっかり忘れてた。頼み事があったんだっけか。
「何でしょう。」
「個展を開くギャラリーってのが、けっこう本格的な飲食スペースを
併設してる物件らしくてね。まあ、つまり飲み食いが出来るって事。」
「…はあ。」
「だけど、さすがにそこで会期中に調理スタッフを雇うのは個人持ち。
主催者側もそれは自分でやれ…って事らしいの。別に食べ物を出さない
選択もアリっちゃアリなんだけど、それじゃ味気ないからねぇ。」
「なるほど。」
さすがに何となく話が見えてきた。
「つまり俺たちに、そのスタッフの仕事を頼みたいと?」
「そう!」
我が意を得たりと、ニロアナさんがパンと手を鳴らした。
「向こうにも派遣スタッフ請負いの業者ってのはいるらしいんだけど、
知らない人たちじゃ安心できない。あたしにも不慣れな場所だからね。
自分的には個展に集中したいから、そっちは信用できる人に任せたい。
だったらもうあなた達しかいない。もちろんお金は出す。どうかな?」
「やります。」
俺とネミルの即答が被った。
まさかそんな話だったとは。だけど実に光栄な依頼じゃないか。
俺たちとしても、客商売をしていく上では貴重な経験になるだろう。
迷う理由も断る理由も何もない。
「是非やらせて下さい!」
「ありがと!」
かくして、交渉成立と相成った。
================================
「もう一回。」
「ひー」
「ホラ頑張って!」
俺もネミルも、心を鬼にする。
ニロアナさんからの依頼を受けた、その日の夜から特訓が始まった。
もちろん、ポーニーのだ。
ロンデルンに赴くのは俺とネミルの二人。ポーニーは留守番である。
だけど、往復を考えると一週間以上の不在となる。その間、ずっと店を
閉めっ放しなのはさすがにマズい。変な噂が立ちかねないだろう。
なのでその間だけ、店をポーニーに任せる事にした。もちろん、本人も
大いに乗り気だった。
とは言え、いい加減な品を出させる訳にはいかない。沽券にかかわる。
さすがに軽食やケーキなどは休む。出すのはほぼ飲み物だけに絞る。
それならば、数日の特訓でどうにか叩き込める。一人でも対応できる。
やるなら徹底的に。
ホージー・ポーニーなら、こういう逆境は何のそのって感じのはずだ。
それを信じて、とにかく特訓。
何度も悲鳴を上げつつ、ポーニーは弱音など吐かない。さすがである。
大変な話だけど、こういう前向きな努力はイイ。天恵のゴタゴタより、
よっぽど苦労のし甲斐がある。
かくして俺たちは、出発ギリギリの朝まで粘った。
よれよれになっていたポーニーも、どうにか想定以上に仕上がった。
「んじゃ、よろしく頼むな。」
「お任せ下さい。」
「何かあったら電話するからね。」
「お気をつけて!」
そんな言葉を交わし、俺たちは首都ロンデルンに向けて出発した。
ニロアナさんは先発しているので、今回もネミルと俺の二人旅である。
あれやこれや荷物を抱え、6時間の長旅。今回もやっぱり腰が痛い。
だけど前回とは違う。れっきとした仕事の出張だ。ちょっと誇らしい。
「腕が鳴るね。」
「ああ。」
寒い季節になっていたけど、俺たち二人はやる気に燃えていた。