表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ようこそ神託カフェへ!!  作者: 幸・彦
9/597

トランの天恵

すったもんだはあったけど、その後はさすがに真面目な話になった。

予想通り、手紙の2枚目がまるまる指輪の説明になっているらしい。

俺もネミルも、気持ちを切り替えて姿勢を正した。


さあ、ドンと来い。


================================


『天恵を見るのに古語の特殊詠唱が必要な事は、もう知っておろう。』


あ、これ親父さんからの説明を既に受けてる前提か。読みが深いなあ。

悔しいけど、やっぱり凄いと思う。


『じゃが、あれの習得は半端でなく難しい。なのでわしは、あの詠唱を

略式にして指輪の内側に彫り込んでみた。よく見れば判るじゃろ?』

「え!?」


驚きの声を上げたネミルが、指輪を掲げて内側をより目で凝視する。

俺も見てみたものの、細かい模様があるようにしか見えない。これが、

あの古語の文字列だってのか…?


『完璧に彫るまでに8年かかった。なかなか大変じゃったぞ。』

「…………」


俺たちはただ、顔を見合わせるしかなかった。ご苦労さまと言っとけば

いいのだろうか。正直、狂気の沙汰としか思えない。

…と言うか、手紙の文字がやたらに小さい理由が、何となく分かった。

こんな事8年もやってたら、そりゃ普段の字も小さくなるだろうなと。

で?


『これにより、指輪をはめた時には詠唱の必要がなくなる。もちろん、

ネミル以外には使えん仕様じゃ。』

「ええっ、あれ憶えなくていいの?…やった!!」


呑気に喜ぶネミル。おいおい、少しサービスが過ぎるんじゃないのか。

…まあ、孫に甘いってのは年寄りの特権かも知れないな。

苦笑しつつ、俺は続きを読む。


『埋め込んであるのは、ネラン石の純結晶じゃ。不純物を含まないため

変質までの使用回数が通常と比べて桁違いに多い。ざっと測定したが、

おそらく10万回程度は使える……………って、マジかよこれ。』

「10万回?…つまり、10万人の天恵をタダで見る事が出来るの?」


ネミルの目の色が変わった。多分、俺も同じだろう。


天恵を見るのに金がかかる理由は、主にネラン石が高価だという点だ。

しかも使い捨てだから、実に効率が悪い。廃れたってのも納得できる。

今日の世界で、果たして年間何人が天恵を得てるだろうか…って話だ。


だけどこの指輪が能書き通りなら、その費用がほぼいらない事になる。

だからってタダで見ますなんて事は言わない。もしそんな事をすれば、

世界中の神託師から猛バッシングを食らう事になってしまうだろう。


だから、少しだけ格安設定にする。金持ちじゃなくても手が届くような

お手頃価格にしておけば、そこそこ興味を持つ人は出てくるだろう。

何と言っても元手がいらないんだ。金を稼げる大きなチャンスになる!


「…ぬフフフフフフ。」


期せずして、俺たちは同時に不気味な笑い声を上げてしまった。


================================


善は急げ。さっそく実践編に移る。なになに…?


『ここからは使い方じゃ。まずは、ネミルが指輪をはめる。どの指でも

よいが、必ず左手にはめる事。』

「了解了解!」


テンション高めに、ネミルが左手の薬指に指輪をはめた。ピッタリだ。


『そして特定の人間を見て、意識を集中させる。それによって、最初の

兆候が視覚の中に現れる。』

「見て集中?えーっと…」


当たり前の話だけど、被験者は俺。じっと見つめるその目が若干怖い。

…ん?


「あ、何かトランの全身が白っぽく光って見えてきた。」

「いや、お前の瞳もほんのちょっと光ってるぞ。」

「ホントに!?」


言ったとたん瞳の発光が消失した。集中が途切れたって事なんだろう。

だけど、どうやら指輪の効力自体はまぎれもなく本物らしい。

…いよいよ金儲けの気配が近づいてきてるぞ。

おっと、続き続き。


『兆候が現れたら、さらにその相手に対して意識をグッと集中させる。

この辺りは感覚じゃ。説明するのは難しいから、実際にやってみろ。』


ホントに感覚的な表現だな。まあ、あの難しい詠唱を憶える事を思えば

至れり尽くせりのイージー仕様だ。今回はネミルも焦らずに、最後まで

説明を聞くつもりらしい。


『これにより、対象者の「天恵」が文字として結像する。この段階では

ネミルにしか見えないから、相手にその文字を読み上げ宣告しなさい。

そうすれば、文字は皆に読める形で現出し、本人に宿る。天恵の宣告は

これで終わる。………って、ホント簡単なんだな。』


つい率直な感想を言ってしまった。これ本当にできるのか?

ネミルも半信半疑らしい。とは言えもう、後はやってみるだけだ。

そう、実際に「天恵」を見てみればいい…ってだけの話である。

見る相手はもちろん決まっている。


この俺だ。


================================


「んじゃあ、やってみるね。」


そう言って指輪を確かめるネミルの姿に、俺はちょっと感慨を覚えた。


天恵を授かるのは15歳。つまり、4年も前だ。内容を知りたい…とは

一度も思った事がない。知らぬまま人生を終えるものだと思っていた。

まさかそれを、他でもないネミルが見る事になるとは。つくづく人生は

思いもよらない事の連続だ。正直、ちょっとワクワクしてる己がいる。


俺を見つめるネミルの瞳が、先ほど同様の淡い光を帯び始める。


「せっかくだし、調理系の技能とかがいいな。いっちょ頼むぜ。」

「いやいや、これあたしが決めたり選んだりするものじゃないよ?」

「ちょっと言ってみただけだよ。」


軽口を叩くその間に、ネミルの瞳の光は小さく、そして鮮明になった。

俺には分からないけど、きっとこの瞬間にネミルの視界では「天恵」が

文字として結像しているんだろう。


さあ、俺はどんな天恵を!


…………………………


何だ?

何で黙ってるんだ。

って言うか、その顔は何だよ。

見えなかったのか?

見えたのか?

どうなんだよ。


嫌でも分かる。

ネミルは、これ以上ないってほどに困惑の表情を浮かべていた。


「どうしたんだよ。」

「……」

「見えてるなら言ってくれよ。」

「…え…で、でも…これって…」

「いや言ってくれって!」


不安になるだろうが。

そんな顔で黙ってられたら!


「ここまで来たんだ。俺は大丈夫。だから言ってくれネミル!」

「…う、うん。」


瞳に光を宿しながら、ネミルは俺に頷いてみせた。その姿を目にして、

俺も覚悟を決める。

一生に一度の天恵だ。粛々と聞く。さあ、ドンと来い!


「…トラン・マグポット。あなたの天恵は…」


何だ?


「【魔王】です。」


………………………………

は?


================================


キュイィン!!


かすかな高い音と共に光が満ちた。俺のすぐ目の前に、白く輝く文字が

くっきりと描き出される。


それは確かに「魔王」だった。


シュバッ!!


何か言う間もなく、形の崩れたその文字が体にぶつかって散った。

それ以上は、何も起こらなかった。ネミルの瞳の光も消えていた。


「………………」

「………………」


言うべき言葉が見つからなかった。

俺もネミルも。


指輪は、爺ちゃんの言ったとおりの手順で見事に発動した。おそらく、

爺ちゃんの想定していたとおりに。


だけど。

何なんだよ。

魔王ってのは。


何が何だか分からないまま、俺たちはただ向き合って座っていた。



窓の外に満ちている静寂が、この時だけはどこまでも耳障りだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ