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ようこそ神託カフェへ!!  作者: 幸・彦
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迷惑な男

「痛てててて…」


口の中が切れたらしく、鉄臭い味がかすかに残る。触ると腫れている。

何やってんだろうなあ、俺。


「大丈夫?」

「まあ気にすんな。…それより奴はどこだ?」

「正面の噴水広場の向こうにいる。今は動いてないみたい。」

「よし。じゃこのまま行くぜ。」


ペダルを踏み込む両足に力を込め、俺はもうひとつだけ確認した。


「それと奴を目視で捕捉できたら、その天恵はすぐ手放してくれよ。」

「分かってる。任せといて。」

「任せた!」


さすがにネミルも心得ている。なら後はもう突っ込むだけだ。

ここまでに散々苦労したんだから、絶対に結果を出してやる!


================================


通りを突き当たると、大きな噴水を六本の道が円形に囲む広場に出た。

やっぱり人が多い。その中を細かくかいくぐり、中央の噴水の反対側に

走り出る。


いた!

紛れもなく、一昨日俺の店を訪れたトリシーさんの「ニセモノ」だ。

呑気にジュース飲んでるそいつは、やっぱり左利きだ。今日確認した、

本物のトリシーさんとは逆だった。


「降りろネミル。」

「よいしょ!」


ブレーキをかけた自転車後部から、ネミルがポンと飛び降りる。

俺も自転車を降り、ネミルと並んでゆっくりと歩いて近付いていく。


いきなり体当たりなんかはしない。そこまで敵視してるわけじゃない。

何はさておき、とにかく何者なのか見極めるのが最優先だ。だからこそ

こうしてゆっくり近づき、その間にネミルが天恵を見る。


指輪を外したネミルが、素早い動作でまた着け直す。これでイザ警部の

天恵「追跡」は抜けた。と同時に、神託師として持っている力が戻る。

まだ相手は俺たちに気付いてない。石造りのベンチに腰を下ろしたまま

ぼんやりと噴水を眺めている。


やがてネミルの目が赤い光を放つ。横顔だけでも集中していると判る。

さっき言ってたやつだなと察した。すでに知り得ているトリシーさんの

天恵「潜水」を踏まえ、ダブってるこいつ自身の天恵を見ているんだ。


間合いを取って足を止めたネミルの両目が、ひときわ赤く輝いた。

視界の隅でその様子を捉えたらしいニセモノが、ハッと向き直る。

目が合った瞬間。


「見えた。」


相手の顔を見据えたまま、ネミルが落ち着いた口調で宣告する。


「あなたの天恵は【変身】だったんですね、やっぱり。」


================================


意外性は何もない。むしろそれは、俺たちにとっては確認作業だった。

過去に何人か例がある。他人の姿に化ける事が出来る、という天恵だ。


「!!」


何も言わなくとも、ニセモノの顔に浮かんだ表情は動揺に満ちていた。

俺たち二人がここに来たのも、今になって自分の天恵を看破されるのも

想定外だったのだろう。だったら、どうして俺の店に来たんだか。


「ちょっと話をさせてくれ。それでどうにか…」


俺が話し終える前に、トリシーさんの体に激しいノイズが走った。

立ち上がった彼の姿が大きく崩れ、まるで脱皮するかのように内側から

別の人間が現れる。彼の周りにいた人々の中の何人かが、ぎょっとした

表情を浮かべ距離を取ろうとする。その間に、トリシーさんの姿だった

「そいつ」の姿は新しい形を結像させつつあった。


シュイィィィィィン!!


かすれた音と共に、はがれた外側のパーツが形を崩し、相手の髪の毛に

収納されていく。なるほど、そんな仕掛けだったのか。


やがて、その「変身」は終わった。

内側から現れたのは、トリシーさんよりずっと背の低い女性だった。

恐らく、俺たちよりは年上だろう。その長い髪をまとめていないため、

顔にかかって表情がほぼ見えない。それでも、俺とネミルを見る目には

ありありと警戒の色が見てとれた。


睨み合いの時間は、ごく短かった。


「な、何なんだコイツ!?」


一部始終を見ていたらしい男性の、そのひと声を合図にしたように。


ダッ!!


それまで見せた動揺が嘘のように、現れた女性は身を翻して走り出す。

俺とネミルに背を向け、アスリートかと見まがうスタートダッシュで。

もちろん、追いつけるはずがない。いかに自転車があるとは言っても、

この人ごみで走る人を捕えるなんて無理に決まってる。

そう。

人が多いから。

だから俺は、ひと声叫ぶ。



「その人を捕まえてくれ!!」


================================


「え!?」


初めて、女性が驚愕の声を上げた。


異様な光景を目にして混乱した人の割合は、意外と少なかった。

俺の声を合図に、駆け出した女性の周りの男性が一斉に動きを見せた。

他人同士のはずが、明らかに連携を持った動きで。


引っ掛けようと差し出された誰かの足を、かろうじて跳び越える。が、

そこが限界だった。ジャンプの際にわずかにバランスを崩し、そのまま

中途半端に伸ばした腕を掴まれる。力任せではないものの、反対の腕も

ちょうど着地地点にいた別の男性に掴まれた。


「なっ…!!」


そこまでだ。

足を止めた彼女の体を、別の小柄な男性が正面から抑え込む。

面食らった女性は激しく身をよじるものの、やがて周囲を見て気付く。

自分を止めた男性の他にも、明確な意思を持って構えている何人かが

さりげなく囲い込んでいる状況に。


「ちょっと話をさせて下さい。」


歩み寄ったネミルの言葉に、女性は抑え込まれたまま顔を向ける。


「別に、傷つける気はありません。それは約束しますから。」


俺もそう言葉を添える。そして合図すると同時に、三人の男性たちは

パッと手を離して数歩後ずさった。しかし目だけは彼女に向いている。

周囲の男性たちも同じだった。


「いいですか?」

「…はい。」


逃げられないと悟ったのだろう。

鬱陶しい髪をかき上げる事もせず、女性は小さく頷いて座り込んだ。

やれやれ。

ようやく見つけた。


追いかけっこは苦手だ。

だったら、事前に網を張っておく。俺にしかできない方法で。


この場所に来るまでに、散々危ない運転を繰り返してたんだよ。

腕っぷしの強そうな男性をわざわざ選んで、せっせと反感を買った。

悪意を持った彼らを「魔王」の力で誘導。この広場まで来てもらった。

この場にいる人たちの三分の一近くが、そういう捕獲要員だったんだ。


ズルと言いたきゃ勝手に言え。

ここに至るまでに少なくとも2回、俺は怒らせた相手に殴られたんだ。

結果が出なきゃ、やってられない。



楽じゃないなあ、魔王ってのも。

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