捜索への突破口
何事も前向きに捉えるのが大切だ。
少なくとも、ひとつの大きな懸念が解決したのは間違いない。つまり、
今以降のトリシーさんのアリバイに対する心配が、ほぼ無くなった。
「刑事の散髪をしていた」なんて、俺たち二人が証言するよりよっぽど
信用度が高い。もしあのニセモノがあの姿のまま見つかったとしても、
イザ警部と一緒にいた方が本物だ、という確信は揺るがないだろう。
床屋談義なんて、言わば本人確認を延々と繰り返してるようなもんだ。
非番とは言え、警部があの店に来てくれたのは間違いなく僥倖だった。
そして、定まらなかった俺たち側の行動方針も、否応なしに決まった。
ざっと考えるに、イザ警部の散髪が終わるまでの所要時間は2時間弱。
それまでに、ニセモノを捕まえる。
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「ネミル。」
正直、訊くのがちょっと怖い。でも訊かないわけにはいかないだろう。
「ずいぶん迷いなく店を出たけど、何かしら心当たりはあるのか?」
「心当たりはないよ。」
「ないのか。」
覚悟していたせいか、さほど落胆は大きくなかった。しても仕方ない。
「…それじゃあ、とにかく探すって腹か?」
「心当たりはないけど、ニセモノがどの辺にいるかは分かってる。」
「は?」
「割と近いよ。このカーゲ区の南端にある公園。」
「いや、何で判るんだよ!」
また極端に落として上げてきたな。
心当たりがないって割に、めっちゃ具体的な位置を特定してきた。
「もちろんコレで。」
ドヤ顔でネミルがかざしたものは、やっぱり爺ちゃんの指輪だった。
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「…つまり天恵か?」
「そう【追跡】。資料にも載ってたから、トランも知ってるでしょ?」
「…ああ、まあ。」
確かに、読み込んだ資料の中に昔の事例が記載されてたっけか。
一度でも遭って姿を見た相手なら、大雑把な所在地を感知できる力だ。
当然、距離的な限界はある。しかし一方、近ければ感知精度も上がる。
もしこのカーゲ商店区にいるなら、細かい位置も特定できるだろう。
だけど、根本的な疑問が残ってる。
「お前その天恵、いつどこで誰から拝借したんだよ。」
「つい今しがた、お店で。」
「え?トリシーさんの店でか?」
「そう。」
何だと?
トリシーさんの天恵は「潜水」だ。それはついさっき聞いたばかりだ。
あの人じゃないとすると、誰の…
え?
「ちょ…もしかしてその天恵って、イザ警部のか!?」
「ビックリだよね。」
「マジかよ!」
思わず声が裏返ってしまった。
刑事の天恵が「追跡」!?
究極の適材適所じゃねえかよ!!
そんな事、実際にあり得るのか!
「うわぁ教えてぇ!!」
「だよねぇ!」
しばし二人で見悶えた。
もしあの人が天恵を得れば、仕事にフル活用できるのは間違いない。
悪用するような人でもない。きっと大活躍してくれるだろう。
だけど、勝手に教えるってわけにはいかない。それは絶対許されない。
盗み見ただけでもかなりアウトだ。本人が望まない限り、この天恵が
陽の目を見る日は決して来ない。
何なんだよ、このもどかしい話は。
「しゃあない、切り替えよう。」
「うん。」
何とも言い難いけど、とにかく今は非常にありがたい能力だ。
存分に使わせてもらおう。
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とは言え、街はそれなりに広い。
相手も移動しているらしい。なら、とにかく機動力の確保が先決だ。
「レンタサイクルがあったよな。」
「あったあった、確かこっちに…」
探すほどもなく、ここに来る途中で見かけたその店まですぐ戻れた。
自転車にはとても乗れなさそうな、横に広いおばさんが経営している。
「すみません、二人乗り用のタイプありましたっけ?」
「あらぁ自転車デート?青春ねえ。もしかして告白を狙ってる?」
「いや許嫁です。同棲してます。」
「えっ」
とたんに表情がすっぽ抜ける。
いや露骨過ぎるだろ。客商売何だと思ってんだこのおばさん。
「急いでるんで。小回りが利いて、乗りやすいタイプお願いします。」
「…何に使うの?」
あからさまに声のトーン下がった。面倒臭いなこのおばさん!
しゃあない、ゴシップ燃料追加だ。
「容疑者の追跡です。」
「えっ…分かったちょっと待って!いいの貸したげるから!」
割とチョロいな、このおばさん。
ちょっと好きになってきた。
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異界の知は偉大だ。特に、自転車に関しては本当に発展が凄まじい。
格安で借りられた二人乗りタイプに乗り、俺は急いで店を出た。
「乗れネミル!」
「はぁい!」
店の外で待機させていたネミルが、待ってましたとばかりに飛び乗る。
「それじゃ!」
「大事に乗りますんで!」
「いいのいいの!ぶっ壊してくれて構わないから!」
おいおい。
惚れるなあこのおばさん。
「その代わり、結果教えてね!」
「はあぁい!」
元気に答えるネミルを後ろに乗せ、俺は一気にペダルを踏み込む。
さあ、追跡開始だ。