手紙と同封されたものと
ルトガー爺ちゃんは神託師だった。それは物心ついた頃から知ってた。
もっとも、その意味なんてほとんど考えた事もない。「シンタクシ」と
ただ名前だけで受け入れていた。
だけど爺ちゃん本人は、その時既にネミルが自分の跡継ぎだという事を
認識していた。当然の事実ながら、全く態度には出してなかったなあ。
どんな気持ちで成長を見守っていたのか、今となっては分からない。
それでも、己の死後の事についてはそれなりに色々考えてたんだろう。
親父さんに言づけていた事なんかはその一端だ。…まあ正直なところ、
ならもうちょっと家を片付けとけよと文句つけたいところだが。
だけど、この手紙が見つかった事に対しては、ちょっと畏怖を感じる。
俺がここにいる事を見越していたとすれば、それはもう予知の領域だ。
それだけ本心を見透かされていた、とも言えるけど。
ホントに食えない爺ちゃんだぜ。
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とりあえず作業を中断し、俺たちは手近な椅子に座った。問題の手紙を
ネミルから受け取る。予想したほど重くはなかった。
「…んじゃまあ、開けてみるか。」
「うん。早く!」
急かされた。どうやらネミルも中身がかなり気になっているらしい。
腹を括った俺は、ハサミで封を丁寧に開け、その中身を取り出した。
入っていたのは2枚の手紙と…
「指輪だな。」
そう言いつつ、俺は転がり出た指輪を摘まみ上げてみた。飾り気などは
一切ない、シンプルなデザインだ。オレンジ色の石がはまっているのが
唯一の特徴と言える。しかしこれ、どう見ても俺の指には合わないな。
試さなくても小さ過ぎる事が判る。
「見せて。」
「ああ。」
ネミルに指輪を渡して、俺は手紙を開いた。もうちょっと大きな文字で
書いてくれと言いたくなる文章が、びっしり並んでいる。爺ちゃん…!
まあ文句を言っても仕方ない。今はとにかく読むしかないって話だ。
どれどれ…
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『トラン君。』
読み始めると同時に、隣のネミルもしゃんと背筋を伸ばした。
『君がこの手紙を読む頃にはもう、わしはこの世にいないのだろう。』
「……」
ネミルが俯く。ああ、ちょっと読み進めるのがつらい代物なのかも…
『だよな?当たってるよな?わしは死んどるよな?どうじゃ当たりか?
見事当たったなら感心してくれよ。大した先見の明だったとな。』
「…………」
なんか様子がおかしくなってきた。
このノリは何なんだよ。湿っぽい話よりはいい…のか本当に?
とにかく読もう。視線が痛い。
『今、隣にはネミルがおるだろう。おるよな?おるなら拍手喝采じゃ。
このわしの慧眼に恐れ入ったと』
「ねえ、ずっとそんな調子なの?」
「そう書いてあるんだから仕方ないだろ!」
なんか、違う意味でいたたまれなくなってきた。ドヤ部分を読み飛ばし
とにかく本題らしき箇所をを探す。…いい加減にしてくれ爺ちゃん。
『…さて本題じゃが、同封していた指輪は、君に贈る物ではない。』
やっぱりそうか。だとすると…
『察したと思うが、それはネミルのためにわしが作った。神託師を継ぐ
その日のために、長い歳月をかけて作り上げた一品物なのじゃよ。』
思ったとおりだった。
これは爺ちゃんがこの俺に託した、ネミルへの形見だったって事だ。
なるほどな。
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神託師を継ぐための指輪か。何だか心をくすぐられるアイテムだな。
あの器用な爺ちゃんだ。そのくらい作れてもおかしくない気はする。
さて、じゃあどんな代物なんだ?
『じゃがうかつに指にはめるな。』
「え?」
『一度はめると二度と外れない上、魔石には膨大な魔力が宿っておる。
それは指から生命力を吸い尽くし、やがて死に至る恐ろし』
「きゃあぁぁァァどうしよどうしよはめちゃったあぁぁァァ!!!!」
ガン!
「痛てっ!!」
いきなり背中を殴られた。あわてて目を向けると、指輪をはめたらしい
ネミルが完全にパニックを起こし、手を振り回していた。
「いやあぁァァァ死ぬ死ぬどうしよどうしよ助けてえぇぇぇェ!!」
「落ちっ、落ち着けって!!」
何てもんを遺すんだあのジジイは!
とにかく先を読んでこの事態の対処を考えないと!!
ええっと…!!
『というのは嘘じゃ……え?』
え?
ネミルの絶叫もピタリと止まった。
「…へ?」
『信じたか、ビビったか?冗談じゃ冗談ハハハハハ…痛ッてぇっ!』
思いっきり背中をつねられた。
涙目のネミルが、外した指輪を掌に載せてジトッと俺を睨んでいた。
「どういうつもり?」
「いや俺はただ読んでるだけだよ!そんな目で睨むな怖い!!」
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………………
殊更に沈黙は長かった。
だけど、お互いに形容しようのない表情を浮かべるのも限度だった。
「って言うか…」
手紙に視線を落とし、俺はポツリと呟いた。
「何か俺たち、手紙でおちょくられてんじゃないか?」
「うん。」
次の瞬間。
俺たちは、ほぼ同時に吹き出した。もはや笑うしかなった。
ったく、つくづくあの爺ちゃんには勝てない。何だってんだまったく。
暗い気持ちも吹っ飛んじまったよ。
たちの悪い悪戯ではある。だけど、その裏にあった気持ちは伝わった。
肩肘張らずに読んでくれ。爺ちゃんは多分そう言いたかったんだろう。
振り回されたけど、そんな不器用な心遣いは確かに受け取った。
さあてと。
おそらく、ここからが本題だ。
この指輪が何なのかを、きっちりと教えてもらおうか。