トリシーさんの店へ
翌々日は定休日。
いつもなら存分に羽を伸ばす日だ。
しかし、やはり気になる事は放っておけないのが俺たちの性分である。
本来なら、宣告された天恵に対する責任は当事者にある。誰から見ても
明らかな話であり、神託師が余計な気を回す必要なんかないのだろう。
実際、昔ならそんな風に割り切った考え方が普通だったんだと思う。
それでも、今は今だ。
天恵宣告自体が滅多に行われない、こんな時代に生まれたからこそ。
ネミルも俺も、そんな数少ない相手を「やりっ放し」にしたくはない。
世の中の常識がどうという問題ではなく、現代を生きる俺たちが自分で
決めた流儀ってやつだろう。
お節介と言われようと、天恵宣告に対し最低限のアフターケアはする。
それは、俺たちのためでもある。
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ってわけで、俺とネミルは午後からカーゲの商店区まで出向いていた。
目的はもちろんトリシーに会う事。一昨日の事を質問すると言うより、
とにかく彼本人がどういう状況かをこの目で確認するのが目的だ。
店の所在はちゃんと憶えているし、転居したという話も聞いていない。
普通に訪ねて行けば、多分問題なく会えるはずだと踏んでいた。
「いつ来ても賑わってるよね。」
「そういう場所だからな。」
店を持って間もない俺にとっては、いささか気疲れする場所でもある。
あまり目移りしないように心がけ、まっすぐにトリシーの店を目指す。
記憶が曖昧でちょっと迷ったけど、何とか目当ての理髪店に到着した。
さてと。
何が出てくるか。
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カラン!
俺たちの店より太い鐘の音が響き、同時に子供の頃の事を思い出した。
そうそう、何度も来てたな。父親に連れられて、割と嫌々だったっけ。
あの頃のトリシーさんの顔立ちも、今さらハッキリと思い出せた。
「いらっしゃい。」
ちょうど客のいない時間帯だった。新聞を読んでいたらしい奥の男性が
俺たちの方に向き直る。間違うはずもない。一昨日俺たちの店に来た、
トリシーさん本人だった。
「…お、もしかしてマグポットさんとこのトラン君か。久しいねえ。」
「ええ。お久し振りです。」
「そういやあ、ルトガーさんとこで喫茶店開いたんだったっけな。」
「おかげ様で何とかやってます。」
「よく来てくれたな。」
にこやかな挨拶を交わす俺たちを、傍らのネミルがじっと見ていた。
困惑している様子はなかった。
もちろん、今の状況は見た目以上に異常である。
一昨日店に来たはずのトリシーさんが、明らかに久し振りといった態で
俺と話している。もうこの時点で、一昨日の来訪者がこの人だ…という
確信が崩れてしまってるって事だ。そして俺もネミルも、来る前に既に
この展開は予想していた。ある意味「望んでいた」とも言えるだろう。
この人がおかしくなっているのか。
それとも、そもそも来訪者はこの人じゃなかったのか。
冷静に見極める。
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「何だ、切るほど伸びてないな。」
「ええまあ、実はそうなんです。」
ちょっと怪訝そうなトリシーさんに対し、俺は言葉を濁した。確かに、
散髪をしに来たわけじゃないから。
「ちょっとお話がありまして。」
「どうしたどうした。まあとにかく座りな。お嬢ちゃんも。」
「ありがとうございます。」
おそらく完全な客の切れ目だろう。トリシーさんは俺たちに席を勧め、
自分も客用の椅子に座った。
「ええっとですね。」
「茶でも淹れるか?」
「あ、持ってきましたんで。」
そこは抜かりない。さっと手早く、コーヒーを淹れて振る舞う。
「美味い。…さすがだねえ。」
「まあ、本職ですからね。」
俺もネミルもニッと笑う。
そうそう。こういう雰囲気作りも、俺たちの仕事には必要なんだよな。
さあて、場が整ったな。
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「時にトリシーさん。」
「うん?…って言うか、俺の名前を知ってたんだな。」
「ええ、機会がありまして。」
「それで?」
「ネミルの事はご存知ですか?」
「ええっと、確か…ルトガーさんの跡を継いだお孫さんだったっけ?」
「そうです。」
答えたネミルが、俺に目を向ける。
「…今では彼の許嫁として、一緒にお店を切り盛りしています。」
「ほお!そりゃ隅に置けないな。」
「つまりネミルは、トリシーさんもご存じの通り神託師を継いでます。
ルトガー爺ちゃんの跡をね。」
「子供じゃなくて孫が継いだのか。若いのに大したもんだな。」
「ええ。そこは事情がありまして。まあ何とかやってます。」
散髪屋というのは、割と街の事情に精通している人が多い。やっぱり、
床屋談義というのはいつの時代でもあるもんだ…と親父も言っていた。
ネミルと爺ちゃんの事も、やっぱりこの程度までは知ってくれていた。
なら、もう本題に切り込もう。
あまり回りくどいのはよくない。
「…それで、トリシーさん。」
「どうした?」
「ひとつお願いがあるんですが。」
そこでネミルが居住まいを正した。
「…すみませんが、あなたの天恵を教えてもらえませんか。」
そう。
こういう時は、直球で推し進める。
それが俺たちのやり方だ。