表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ようこそ神託カフェへ!!  作者: 幸・彦
78/597

ノイズ混じりの天恵

天恵という代物は、ハッキリ言って人智を超えている。

特殊な能力だという意味ではなく、概念自体が理解し難いって意味だ。

授かる人間の都合なんて考慮してはくれないし、内容も割と支離滅裂。

望むものが出る事なんてほぼない。後はどう受け入れるかってだけだ。


だからこそ、ネミルや俺は目の前の天恵に柔軟に向き合う必要がある。

良いの悪いのと判断する前にまず、きっちり見極めなければいけない。


何と言うか、本当に因果な仕事だ。


================================


この人、名前なんて言ったっけか。多分これまで一度も聞いた事ない。

散髪屋さんなんて、そんなもんだ。名乗らなくても親しく話せる相手。


だからこそ、今のこの人には得体の知れない違和感がある。

見た目も話し方も本人っぽいけど、疑い出すとまさに違和感の塊だ。

具体的に何がと言うより、感覚的に「違う」という確信がある。


「さしあたっての危険はないだろ。いざという時は俺が何とかする。」

「分かった。」


頷いたネミルが、迷いなく襟口から指輪を取り出して薬指にはめる。

言った以上は俺も腹を括ろう。何があってもネミルの盾になる。


「ええっと、お名前は?」

「ああそうだった。トリシーだよ。トリシー・ハガック」

「分かりました。では…」


男性―トリシーの対面に座り直したネミルが、じっと意識を集中する。

さすがにもう見慣れてきた光景だ。結果が何であれ、もしもの時は俺が

彼を抑える。ただしネミルの話では彼は赤。つまり、既に自分の天恵を

知っているはずの人物だ。ならば、いつもの大仰なエフェクトはない。

ネミルだけが見える赤文字として、天恵の内容を告げるだけであり…


何だ、どうした。

傍から盗み見るだけでも、ネミルが困惑しているのが見て取れた。


そりゃそうだろう。

何と言っても、最初に相手の天恵を見るのはネミル一人だ。宣告をして

初めて、本人も周りの人間も内容を知る事になる。つまりこの段階では

ネミルは相手の得た天恵を己だけで受け止め、理解しないといけない。

正直「神託師って職業は大変だな」と思う理由はここだ。

だから早く口にしてしまえ。それで天恵は、場の皆の共通認識になる。


だけど、ネミルはトリシーの天恵を口にしなかった。お馴染みの口上が

いつまで経っても告げられない。


だから、一体どうしたんだよ。

内容が何であれ、今までならここで俺もネミルと困惑を共有するはず。

もしかして、また「死に戻り」級にヤバい代物だったりするのか。

だったらもう、何とかして「魔王」の力で抑え込まないと…


と、その刹那。


「…読めない。」

「え?」

「間違いなく赤なんだけど。」


瞳を光らせたネミルは、己の目の前のトリシーではなく、俺に対しての

困惑の言葉を吐いていた。


「文字がブレててまともに読む事が出来ない。こんなの初めてで…」

「何だって?」


またそういうイレギュラーなのか。

今度はどんな事情だよ。


================================


「ああそうか。じゃ別にいいよ。」


困惑でまともな応対さえも出来ないネミルに対し、トリシーはいたって

冷静だった。事態に動じていないと言うよりは、予感していたような。


「すみません、トリシーさん。」


瞳の発光を消したネミルが、謝罪の言葉を口にする。


「いやいや、まあいいから。」

「ですけど、あなたは既にご自身の天恵をご存じのはずなんですよ。」


謝罪しながらもネミルはトリシーに食い下がる。納得できないんだと、

その表情が言っていた。


「俺が?…どうして?」

「見え方で判るんです。間違いなくあなたは過去に宣告を受けてます。

普通ならそれは読めるんです。が、何故かあなたの天恵はブレていて

まともに読む事が出来ない。きっと何か理由があるはずです。」

「そう言われても困るなあ。」


俺は、問答に口を挟めないでいた。

天恵をまともに見る事が出来ないというのは、確かに非常事態だろう。

ネミルにとっては、爺ちゃんの指輪への信頼までもが揺らぎかねない。

食い下がるのはごく当然の話だ。

その一方、トリシーが自分の天恵を言い渋る理由も分からなくはない。

いくら相手が神託師とは言っても、「見えないから」といって自分から

気安く開示する義務はない。むしろ何で見えないのか詰問する立場だ。



うかつに割り込むと話がこじれる、何とも厄介な状況だった。


================================


「もちろんお金は頂きません。」


少し話すトーンを下げたネミルが、そう言いつつトリシーを見据えた。


「ですが、やはり問題は問題です。差し支えなければ、あなたの天恵を

教えて頂きたいです。こちらの都合で申し訳ありませんが、何とぞ。」

「…すまんね。用事を思い出した。もうこれで失礼するよ。」


怒る様子はないものの、トリシーはそう言って話を自ら切り上げた。

そしてコーヒーの代金をテーブルに置き、さっさと立ち上がる。


「でも…!」


何か言いかけたネミルが、次の瞬間ぐっと押し黙った。傍らで見ていた

俺も、同じように言葉を呑み込む。そんな俺たちにもう興味を示さず、

トリシーは店を出て行った。

しばらく、俺もネミルも黙ったまま入口を凝視していた。

自分の見たものが何なのか、それが頭の中で堂々巡りをしていた。


立ち上がった瞬間。

彼の体は、ほんのかすかにブレた。輪郭というか形というか、とにかく

姿を成す要素が一瞬だけ乱れたのをはっきり見た。


本物かニセモノかという話以前に。



あれが人間なのかどうか、そこから疑う事態になりつつあるらしい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ