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ようこそ神託カフェへ!!  作者: 幸・彦
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左利きの男

何だかんだで、今の生活にもだいぶ慣れてきた気がする。


最初はどうなる事かと思ったけど、いつしか当たり前の毎日になった。

ネミルとの関係も少しだけ進んだ。ポーニーも、俺たちの事については

それなりに察しているんだろうな。

妙に勘繰ったり訊いてきたりしないあたり、やっぱり原作小説どおりの

いい子だ。実際に喋るとかなり癖があるけど、それは現実だからだ。


リアジ村の人たちに関わる一件と、まさかの恵神ローナ降臨。正直な話

本当に理解を超えていた。しかし、あれ以来けっこう平穏と呼んでいい

日々が続いている。喫茶店は順当に繁盛し、天恵宣告を受けに来る客は

しばらく途絶えている。うん、このサイクルがもっとも好ましいな。


…まあ、もうちょい刺激があってもいいかも知れない。



などと考えたのが間違いだった。


================================


夕方近くになり、ひととおりの客がはけた頃。


チリリン。


「いらっしゃいませ。」

「よう。」


入って来たのは、カーゲの商店区で理髪業を営んでいるおじさんだ。

名前は聞いた事ないけど、子供の頃何度か頭を刈ってもらったっけ。

そんなに近くないから、今日までに来店は無かったはずだ。


「珍しいですね。」

「ああ、まあちょっと気紛れだよ。こっちに足を伸ばそうと思って。」

「何になさいますか?」

「あ、じゃあコーヒーを。」

「承知しました!」


ネミルが元気よく応対する。


ちなみにポーニーは、どこか遠くへ出向いている。もちろん本を使った

瞬間移動でだ。店の忙しさが一段落する午後は、週3日こういう感じで

仕事を抜ける。見聞を広げたい…という意思が強いので、雇い主である

俺としても応援したい。何たって、あのホージー・ポーニーだから。



静かで平和な午後だった。


================================


「どうぞ。」

「ああ、どうもありがとう。」


入口近くの窓側の席に座った彼は、ネミルが運んだコーヒーをゆっくり

手に取った。その様子に、俺は何か違和感のようなものを覚えた。


何だ。

どっかおかしいな。


そんなに親しい人じゃないけれど、記憶の中の姿とは何か乖離がある。

老けたとかそういった話じゃなく、もっと根本的な何かが…


「あ。」

「どうしたの?」

「いや…何でもない。」


そうか。

俺が見ていたこの人の姿は、散髪の時の鏡に映ったものがほとんどだ。

その印象が強かったせいで、余計に今の彼の姿に違和感があったんだ。


利き手が逆になっている。

鏡に映っていたのと同じ方の手で、カップに砂糖を入れている。


おかしい。

ずうっと職人として仕事をしている人が、利き手を変えるなんて事は

どうにも考えにくい。大怪我をしたとか、そういう止むを得ない事情が

あれば別だろうけど。


気にし出すととことん気になるな。


================================


「さあてと。」


コーヒーを飲み終わった彼の目が、カウンター脇に立つネミルに向く。


「せっかく来たんだし、天恵宣告を受けてみようかな。」

「えっ?」

「今ですか?」

「ああ。」

「………………」


ずいぶんとノリが軽いな。何だか、仕事帰りに一杯!みたいなノリだ。

そもそもこの人、もう軽く40歳は超えてるはずだ。何で今になって、

天恵を知りたいんだろうか。今でも十分立派に生きているのに。


「いや、金は払うよ?」

「ええ…ちょっと待って下さい。」


そう言ったネミルが俺に向き直る。思った以上の不審顔だった。


「…どうした?」

「おかしいよ。」

「何がだよ。」


もちろん、今の時点でネミルはまだ指輪をはめていない。あまり無闇に

人の天恵を見るな…という戒めだ。この時点でおかしいって、何だ?


「あの人、赤のはずなんだけど。」

「は?」

「前に、中央公園で大勢を見た時。確かに赤で文字が見えてたはず。」

「ちなみに、何だったんだ?」

「…残念ながら憶えてない。」


ないのかよ。

まあ無理もない。あれほどの人数を一度に見たんだから、いくら何でも

その中の一人なんかいちいち憶えていられなかったんだろう。


だけど、じゃあなおさら今の依頼が意味不明になる。

「赤」って事は、以前に他の神託師から天恵宣告を受けているはずだ。

もちろん本人が知らないなんて事、滅多にないだろうから。


「どうしたー?」


ひそひそと言葉を交わす俺たちに、のんびりとした問いの声が届く。

何と言うか、他意は感じられない。普通に天恵を知りたがってる感じ。


「…どうしよ?」

「いいんじゃないか、別に。」


あまり深く考えず、俺は答えた。


「試してんのかも知れないけれど、それならそれでいいって話だろ。」

「……そうだね。」


別にこういう事は初めてじゃない。要望があれば対応すればいいだけ。

まあ、それでいいじゃないか。



そう軽く考えたのが間違いだった。

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