赤い風船・後編
「ところで、迷子なの?」
「………………」
いきなりそう言われた。
何て答えたらいいかが分からない。答えていいのかも分からなかった。
お母さんとはぐれた。
今どこにいるのかも分からない。
これがいつもの街なら、何とかして家まで帰れたと思うけど。
このロンデルンって街に来たのは、本当に今日が初めてだから無理だ。
だけど、この人に迷子だという事を認めてしまうのは嫌だった。
不思議とあまり怖くはない。だけど信じていいのかが全然分からない。
「知らない人について行っちゃダメだからね。」
お母さんにもお父さんにも、いつもそう言われていた。
それじゃあ、目の前のこの女の人はどうなんだろうか。
分からない。
知らない人なのかどうかが、僕には分からない。
この人が本当にホージー・ポーニーなら、知らない人なんかじゃない。
大好きなお話の中に出てくる子だ。知ってるから、僕には分からない。
どうしたらいいのかが。
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「迷子なんだよね。」
「うん。」
しまった。
つい答えちゃった。
僕に向かって笑いかけるその顔が、本当にポーニーに見えたから。
「んじゃ、あたしと一緒にお母さん捜しに行こうか。」
「行かない。」
「うっ…何で?」
「知らない人だから。」
「だからポーニーだってば。ホラ、見てこの三つ編み。ね?」
「………………」
ここでついて行っちゃダメだ。
お母さんも僕を探してる。だったらここを動いちゃダメだ。
いくらポーニーだと言っても、僕はこの人をそこまで信じられない。
「…じゃあ、どうしたらいい?」
「もうあっち行ってよ。」
「うっ傷付くなあそういう言い方。ほっとけるわけないでしょ?」
「だったらお母さん連れて来て。」
そう言ったとたん、僕はその考えが一番いいと思った。
そうだ、ポーニーならそのくらいはやってくれるはずだ。
「ねえお姉ちゃん。」
「う、うん?」
「お姉ちゃん、この本から出たって言ってたよね。」
「言ったよ。」
「だけど、もしかしたらそんな風に見える天恵かも知れないでしょ?」
「え…まあその…確かにそうだね。」
「僕がその本が好きなの知ってて、わざとやってるかも知れないよ。」
「いや…それは考え過ぎでは…」
「だったら、証明してよ。」
「証明?…どうやって?」
そこで僕は、拾った本を見せた。
「これの一つ前の巻を、お母さんが持ってる。僕の荷物の中にあるよ。
そこから出ればお母さんに会える。もし本当にホージー・ポーニーなら
それが出来るでしょ?」
「いやそれはちょっと難しいよ。」
「どうして?」
「このロンデルンの街に、いったい何千冊のホージー・ポーニーの本が
あると思う?その中からお母さんの持ってる本を選ぶなんて無理だよ。
巻数が分かったとしても、それだけじゃ1冊にまでは絞り込めない。」
「………………」
何だかショックだった。
言い負かそうと思ったわけじゃないけど、そんな風に言われてしまうと
もうお母さんに会えない気がして。
「ねえ。」
「…何だよ。」
泣きたいのをガマンして答えた。
「お母さんが持ってる本に、何でもいいから印とかないかな。あれば、
それを辿れるんだけど。」
「しるし?」
何を言ってるんだろう。
だけど、それがあれば見つかるの?
あの本にしるし…
「あっ。」
「どうしたの?」
「最初の方にある絵に、風船の絵を描いたはずだけど…」
「風船ね、分かった!じゃあここでちょっとだけ待ってて!」
シュン!!
女の人は、それだけ言って消えた。
間違いなく、僕の目の前で消えた。
消えちゃった。
僕は、またひとりぼっちになった。
ずっと聞こえなかった、大勢の人の足音がまた聞こえてきた。
自分のいる横道の暗さと静かさが、今になって押し寄せてきた。
いやだ。
もう、こんな所でひとりぼっちは。
ねえ。
帰って来てよ。
お母さん。
ポーニー!
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「おか」
「はぁいお待たせ!!」
シュン!!
声を出そうとした瞬間、ポーニーがそう言って戻って来た。
今度はひっくり返ったりせず、僕の前に立っていた。
「お母さんに会えたよ。今、急いでここに向かってるからもう安心。」
「本当に?」
「言った通りだったよ。すぐに君の本まで辿り着けた。心配してたよ、
お母さん。」
「………………」
本当だろうか。
本当にお母さんに会えたのか。
本当に、僕の本に辿り着けたのか。
「…本当に、僕の風船を見たの?」
「ええ、もちろん。ホラ、見て!」
え?
顔を上げた僕は、確かに見た。
両手を広げたポーニーが、真っ赤な15個の風船を空に放つのを。
ひとつだけ黄色い星が描いてある。あれはチェルシャのだ。
僕が、絵の中に描き足した風船だ。
それが今、僕の目の前で空に向かいゆっくりと飛んでいくのが見えた。
ポーニーだ。
この人は、ホージー・ポーニーだ。
本当だったんだ。
………………………………………………
「ロトスちゃあぁん!!」
お母さんの声に振り向いた、ほんの少しの間に。
ポーニーは消えていた。
もう、二度と現れなかった。
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「…という事がありまして。」
「じゃ、その子は無事にお母さんと会えたんだな。」
「ちゃあんと確認してます。」
「よかったじゃない。」
ロンデルンでそんな事があったとは驚きだ。
でもまあ、結果が良かったなら何も言う事はないか。
「それで、風船ってやっぱり挿絵に描かれていたの?」
「バッチリ描いてありました。すぐ見つけられましたから。」
「で、どっかで同じ風船を調達して持って行ったって事なのか。」
「いいえ。」
え、違うのか?
「そのまま本の中から持ち出して、あの子の前で空に放ったんです。」
「は!?」
「ちょ、ちょっと待ってよ。」
ネミルの声が変に裏返っていた。
「あなたの世界のものは、何ひとつ持ち出せないんじゃなかった?」
「確かにそうです。エイランの手で書かれた「世界」は、何であろうと
外に出す事は出来ません。ですが、「それ以外」なら別なんです。」
「以外、と言うと?」
「ロトス君みたいな子供が、自分のイメージで描き足したもの。それが
エイランの天恵「夢を形に」の力であたしと同じように具現化する…と
いう事らしいです。」
「…それ、知ってたの?」
「とんでもない!」
ポーニーは大げさに手を振った。
「本に落書きするなんて考えた事は一度もありませんし、そんな状態の
本に潜った経験もありませんから。何と言うか、大きな発見ですね。」
「確かにな。」
思わず笑ってしまった。
子供の落書きが実体化か。
何と言うか、実に夢があってしかも使い道のない能力だ。
天恵って、つくづく分かんねえな。
「ま、何はともあれイベントの方は楽しめたんだろ?」
「盛り上がりましたねえ。もちろん名乗り出たりはしませんでしたが。
それでも記念写真撮りたいって人が何人かいましたよ。」
「…まあ、そうだろうね。」
しげしげとポーニーを見てネミルが呟く。確かに、いい記念になるな。
どこまでいっても、ポーニーという存在は理解を超えている。
でもまあ、別に気にしない。
ちょっといい話も聴けたしな。
さあ、明日からも仕事頑張ろう。




