赤い風船・前編
ここはどこだろう。
お母さんはどこだろう。
人がいっぱいいるのに、知っている人が誰もいない。
足が多過ぎて、通りを歩けない。
逃げるみたいに細い横道に入った。人はいないけど、とにかく暗い。
上を見上げれば、建物が高い。空が遠くて小さい。雲も見えない。
誰もいない暗い道。
たくさんの足が行き交う表の道。
どっちにも行けない。
泣いたらいいんだろうか。
いつもみたいに、お母さんが慌てて走って来てくれるんだろうか。
何となく、来てくれない気がする。だから泣けなかった。
もし泣いたら、お母さんが来ないという事がはっきりしちゃうから。
こぼれそうになる涙を抑えようと、手で顔をおおった。
手を離したせいで、持っていた本を落としてしまった。
大好きな本を…
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「あ痛っ!!」
バサッ!
突然だった。
僕の目の前に現れた女の人が、壁に積んであった箱の上に落っこちた。
紙でできた箱はぺしゃんこになって崩れ、女の人は僕の前に転がった。
…この人、誰だろう?
どこから来たんだろう?
建物から落っこちたんだろうか?
だけど、どっちの壁にも窓がない。屋上から落っこちたとは思えない。
…どこから来たんだろう?
「い…痛たたたた………………。」
痛そうにお尻をさすっていた女の人が、やっと僕と目を合わせた。
不揃いな赤毛の三つ編みに、何だかとっても覚えがあった。
「こんにちは。」
「え!?…あ、はいこんにちは!」
慌てて立ち上がったその女の人は、僕に向かって笑いかけた。
「お名前は?」
「ロトス。」
「ロトス君ね。…ええっと、ここ、ロンデルンだよね?」
「うん……」
頷いたとたん、自分が迷子になった事を思い出して泣きそうになった。
グッとこらえる。何故かわからないけど、この女の人の前で泣いちゃ
いけないような気がしたから。
「どうしたの?」
「なんでもない。」
「ホントに?」
「…それよりお姉さんは、どこから来たの?」
「そこから。」
話をそらしたら、彼女はさっき僕が落とした本を指差した。
…何を言ってるんだろう、この人。
「あたしはポーニー。よろしくね!ロトス君!」
ポーニー?
ポーニーって…
「ホージー・ポーニーが誰なのか、もちろん知ってるよね?」
「知ってるけど…」
もちろんよく知ってる。
毎日毎日、お父さんが買ってくれた本を何度も読み返している。
まだ全部は買ってもらえていない。だけど、もうすぐ僕の誕生日だ。
それで残りをまとめて買ってもらうつもりでいる。
え?
もしかしてこの人、僕の持っている本から飛び出してきたの?
あのホージー・ポーニーが?
そんな馬鹿な。
僕をからかってるんだ。
そうに違いない。
頭にゴミがついてるのも気付かないなんて、ポーニーじゃないやい。
いつの間にか涙が引っ込んでいた。