二人で一緒に
6月7日。
19歳の誕生日だったあの日、俺の人生は想像を超える変化を遂げた。
ちっぽけな決意を表明したものの、早送りの展開はついて行くだけでも
精一杯だった。人との縁や繋がりを大切にして、どうにか現在に至る。
俺もネミルも、無我夢中だった。
ルトガー爺ちゃんの死がきっかけになったのは間違いない。とは言え、
本当によく躓かずにここまで来れたもんだなと思う。本当に思う。
予想外の事が次から次に起こった。
ネミルが神託師を継いだのも、俺が喫茶店を開いたのも。思い返せば、
本当に勢いで突っ走って来た。店を開いてからの日々は、違った意味で
大変だった。変な騎士とか爆弾魔の少女とか、死に戻りの殺人鬼とか。
何でこんなのばっかり来るんだと、さすがに頭にきた事もあった。
予想外の連続だった。それは、俺にとってもネミルにとっても確かだ。
だけど。
そんな慌ただしい日々が始まる前、許嫁となる事が決まった頃に。
俺とネミルは、一つの「決め事」をしていた。
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一緒に暮らし始めて、もう4ヶ月を超えた。
だけど俺たちは、一線を超えた事が一度もない。いやキスさえまだた。
多分、誰に言っても正気を疑われるような事実なんだろう。
お前それまずいんじゃないか…と、真面目に心配される想像もできる。
だけど俺もネミルも、そんな生活を当たり前のように続けてきた。
お前にはそういう欲求がないのかと言われそうだけど、そうじゃない。
別に禁欲的な生き方を選んだというわけでもない。
一緒に暮らし始める前に、俺たちが決めたんだ。
ネミルが19歳になったら、関係を進めようと。
とりあえずそれまでは、今まで通りの関係でいようと。
子供っぽい取り決めなのは、誰かに言われるまでもなく分かっている。
それはネミルも同じだろう。ってか同じだと本人が言っていた。
色んな意味で俺たちはまだ子供だ。異性と付き合った経験すらもない。
そんな俺たちが俺たちなりに考え、出した答えがこの取り決めだった。
自分でもどうかと思うけど、意外なほど俺たちはこれで安心できた。
今のままでも別にいいじゃないか。
別に焦らなくてもいいじゃないか。
このままズルズル引き延ばすとか、そんな事を言うつもりは全くない。
明確な期限を決める事で、俺たちは自分でも驚くほど互いに安心した。
互いを信じ、誰かの言葉に心乱れる事もなく絆を育んでこられたんだ。
激動の日々の中、この決め事だけが俺たちの関係を守ってくれていた。
ただの口約束だったけど、それでも俺たちには確かな拠り所だった。
だけど、当たり前の事実が目の前に迫っていた。
期限をはっきりと決めていた以上、それは容赦なくやってくる。
11月3日。
今日はネミルの誕生日だ。
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普通に平日だ。当然、仕事もする。
とは言え、まったく何もないというわけじゃない。
今日は俺の実家で、ネミルの誕生日パーティーが催される。さすがに、
俺たちが自分の店でやる…ってのは無粋が過ぎるだろうという話だ。
てなわけで、店は早じまいする。
ちなみに、宣告した通りポーニーは出てこなかった。連絡はないけど、
ロンデルンに行ってるんだろうな。
お互い、目が合わせづらかった。
意識するなという方が無理な話だ。ネミルも滅茶苦茶ソワソワしてる。
今日までの俺たちを支えてきた言葉が、今日に至って全身を這い回る。
忘れてないよねという、脅迫めいた思考がぐるぐると頭を駆け巡る。
こういう気分を味わうのって、多分一生の内でも一回あるかないかだ。
変にきっちり日を区切ったせいだ。別に悔いはないけど、怖じ気づく。
そう、怖じ気づいてるんだよな。
悪い事でも何でもない。それでも、今の関係が変わるのが怖いんだよ。
いいとか悪いとかじゃない。単純に変わる事に怖じ気づいてるだけだ。
誰に何と言われようとも。
俺たちは、今の関係が好きだから。
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夕方からだったけど、パーティーは大いに盛り上がった。
家族や友達はもちろん、喫茶店経営で知り合った業者も来てくれた。
誕生日というより、俺たちが大人に認められるお祝いだった気がする。
相変わらず、誰かに助けられる事も多い日々だけど。
それでも俺たちは、去年までよりもずっと成長している自負がある。
まだまだこれからって思いと共に、頑張っていこうとあらためて思う。
そして。
賑やかな会がお開きになって、共に歩いて帰る道すがら。
俺たちは、どちらからともなく手を繋いでいた。
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星がきれいだった。
季節が変わり、夜空を仰ぐには少し寒くなってきているけれど。
流れ星を探しながら、俺とネミルはゆっくりと家路を歩いた。
「…なあ、ネミル。」
「うん?」
「気がつきゃ、爺ちゃんの葬式からずいぶん経っちまったんだな。」
「そうだよね。」
はあッと息を吐きながら、ネミルが実感のこもった言葉を返す。
「一緒に泣いたよね。」
「ああ。」
「一緒に誓ったよね。」
「そうだったな。」
不覚にも涙が零れた。
爺ちゃんの棺の前で誓ったあの日の光景を、まざまざと思い出した。
チラと見れば、ネミルも同じく涙を零していた。
「一緒に頑張ってきたよね。」
「大変だったけどな。」
「ホントに。」
言いながら、ネミルは笑った。
「これからも二人で一緒に、想像もできない明日に向かうんだよね。」
「ああ、そうだ。」
もう、ルトガー爺ちゃんに対しての義理立てなんかじゃない。
俺たちは自分で選んだ道を、明日に向かってまた一緒に歩いて行く。
「ねえ、トラン。」
「うん?」
「んじゃ、今日は一緒に寝よう。」
「俺も言おうと思ってた。」
あっさり即答してしまった。
途端に、二人同時に吹き出した。
酒も飲んでいないのに、声を揃えて大笑いしてしまった。
何を悶々としてたんだ俺たちは。
一緒ってのは何も変わらないのに、何を無駄に不安がってたんだか。
ああそうだ。
有言実行こそ、俺たちの目指すべき生き方だ。
「あー、明日休みてえなぁ。」
「まあまあ。」
言い交わす間に、店が見えてきた。
爺ちゃんから継いだ俺たちの家が。
明日からは、新たな日々だ。
何も変わらないけど、俺たちは前に進む。一緒に進んでいく。
仰ぐ星空はどこまでも高く、そして力強く輝いていた。