相手が誰であろうと
神との直接対話。
かつてのロナモロス教の人間たちが目にしたら、憤死する光景だろう。
間違っても望んだわけじゃないし、下手すれば今この瞬間、俺たちには
この世界の命運がかかっているかも知れない。…いや、重過ぎるって。
何で俺がこんな事しなきゃならないのか、誰か説明してくれって感じ。
…もしかして、魔王の宿命なのか?
どっちにせよ、俺は限りなく無力な存在だ。それは疑いようがない。
世界がどうのなんて、気を回す余裕もなけりゃ機転も利かない。
そんなもの、田舎の喫茶店の店主に求められてもどうしようもない。
だからもう、目の前にある自分たちだけの問題に向き合う事にする。
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「ローナ様。」
『うん?』
思った以上に落ち着いた声を出せる自分が、少し頼もしかった。
俺は俺と、そしてネミルが望む事をまっすぐぶつけるだけの話だ。
「それで、ポーニーはいつ解放してもらえるんですか?」
『いつならいい?』
「明日からも仕事なんで、なるべく早い方が助かります。」
『言うねえ、魔王。』
ニッと笑ったローナは、椅子の背に体重を預けてこちらを見据える。
『つまり、さっさと帰れって?』
「まあそういう事です。」
『傷付くなあ。これでもあたしは、天恵を与える恵神なのにさ。』
「………………」
面倒臭いな、この神様。
何となく姉貴に似ている気もする。本人に言ったら大喜びだろうけど。
もちろん俺は別に信心深くはない。かと言って神の存在も否定しない。
当たり前のように恵神ローナという存在を受け入れ、敬い、今日までを
生きてきたごく普通の人間だ。
…ある意味、この世界で生きる者としては誰より平均的かも知れない。
そんな俺だからこそ、今の状況にはちょっとうんざりしてるんだ。
「それはあなたの都合でしょう。」
そう言って、俺は彼女の対面にある椅子にゆっくり腰を下ろした。
人間が神に説教か。
不条理だな。
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「さっき仰いましたよね。あなたにとって、この世界は人間にとっての
手の中の本のようなものだと。」
『ええ、そのとおり。』
「身の程知らずと思いますが、その例えは俺も何となく想像できます。
ポーニーが、小説の中から現出したのを目の当たりにしてますから。」
そこで言葉を切り、俺は例の蔵書を手に取った。
「確かに、ポーニーは作家の天恵が形を成した存在です。俺もネミルも
この本は全シリーズ読んでいます。内容も知ってる。結末もね。」
『…何が言いたいの?』
「だけどこの本の中には、俺たちの知らない世界が広がっているはず。
文章で描かれていないあれこれは、それこそポーニーしか知りません。
いや、彼女ですら世界の隅々までを知っている訳じゃないでしょう。」
言いながら、俺は自分の中の漠然とした考えが何なのかを感じ取った。
そうだ、要はそういう事だよな。
「外から見る事が出来るとしても、世界はどこまでも広いんですよ。
あなたは確かに全ての人間に天恵を授けるのかも知れません。だけど、
全ての人間の一から十まで何もかも知ってるわけじゃないんでしょう?
俺たちの事も、ポーニーの事も。」
『………………』
俺を見る目は凪いでいる。ただし、怒りの感情などは感じなかった。
「何でしたっけ、出力デバイス?」
『そう。』
「確かにポーニーはそういう存在になり得たのかも知れない。だけど、
それ以前に彼女は俺たちにとっては気のいいバイトの女の子なんです。
彼女の時間に、空白なんてあってはならないと思ってます。だから…」
『だから?』
「申し訳ありませんが、早く帰って下さい。明日も仕事なんで。」
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恵神ローナが何だってんだ。
ここは、人間の住んでいる世界だ。
優先されるべきは俺たちの営みだ。
そして少なくとも、俺とネミルにはポーニーは大事な存在なんだ。
窓口として最適だろうが、あいつの体を自由に使う権利など認めない。
たとえ相手が恵神ローナでもな。
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沈黙は少し長かった。
だけど、俺とネミルは何も言わずに待った。
俺たちは喫茶店をやってるんだ。
まだまだ未熟だけど、接客業として真面目に取り組んできている。
…自分で言うのも何だけど、お客の性格や機嫌を読むのも慣れてきた。
相手がローナでも、それは同じだ。
ここまで話してきた中で、そこそこ彼女の事は分かってきている。
神託師登録の時に、係員だったあのカチモさんが厳しく言っていた。
嘘の天恵宣告は絶対ダメですよと。それは絶対の禁忌なんですよ、と。
かつて、ロナモロス教がこの世界の天恵に腐敗をもたらした歴史。
デイ・オブ・ローナという天啓。
そして今日、オーウェのついた嘘。
これらを考えれてみれば、目の前のローナが何を許さないのかくらいは
想像がつく。そして彼女の性格も。
要するに、嘘が嫌いなんだろう。
天恵に限らず、誰かが嘘をつくのが何よりも気に入らないんだろう。
だからこそ、オーウェを容赦のない言葉で咎めたんだ。
だったら、俺のすべき事は明確だ。
偽りない言葉を、遠慮も容赦もなくぶつけるってだけなんだよ。
そうだろ、恵神ローナ?