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ようこそ神託カフェへ!!  作者: 幸・彦
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爺ちゃんの家にて

とにかく物が多い。爺ちゃんの家の印象は、それに尽きた。


ゴミ溜めになっているとか、そんな意味ではない。整理はされてるし、

掃除が行き届いていないという事もない。少し前まで誰かが住んでいた

事実を、ちゃんと感じられる家だ。老朽化も大した事はない。


だけど、一人暮らしにしてはかなり家具が多い。雑多な物も実に多い。

何に使うんだって置物から、様々な形の工具まで。何でも屋をしていた

名残なんだと思う。どこの部屋にもゴチャゴチャと物が溢れている。

正直、ちょっと途方に暮れる。この大量の物を選別してから処分して、

さらに内装を変えるのか。今の俺の手に余ると、弱音を吐きたくなる。


だけど、今さら後には退けない。

大見得を切った以上、目標の達成に向けて突っ走るしかない。

それが俺たちの現実だった。


================================


とにかく、まずはある物の確認だ。それをしないと何も始められない。

もしかしたら、爺ちゃんのへそくりとか遺産が見つかるかも知れない。

もう家は丸ごとネミルの物だから、見つけたもん勝ちだ。我ながら少し

浅ましいとは思うけど、そのくらい夢見てもいいだろう。


そんな事を考えながら、あれこれと物色していた時。


「ねえ、トラン。」


書棚を確認していたネミルが、俺に話しかけてきた。


「どうかしたか?」

「あたし、本当にお爺ちゃんの次の神託師になれると思う?」

「…………」


いきなり直球の質問だ。正直な話、そう簡単には答えられない。

俺は慎重に言葉を選んだ。


「それはつまり、実際に天恵を見る仕事…って意味でか?」

「もちろんそう。正直に言って。」

「正直、かなり難しいと思うぜ。」


あえて俺は即答した。正直に言えと言われた以上、のらりくらり半端な

言葉で言い繕うのは嫌だったから。


ぶ厚い蔵書の一冊を手にしながら、ネミルはしばし黙っていた。

そして。


「…やっぱり、そうだよね。」


怒るでも、嘆くでもなく。ネミルは小さな苦笑を浮かべてそう言った。

きっとそれも俺と同じ、いやもっと率直な本音だったんだろう。


================================


出来なくてもいいから継げ。あの時親父さんが言ったとおり、ネミルは

とりあえず神託師になりさえすれば実績は問われない…という立場だ。

まさに「名ばかり神託師」である。まあ、それでいいと言うなら別に、

わざわざ追及する事もないだろう。


だけど、当のネミルが納得できるかどうかは別の話だ。俺の知る限り、

ネミルはそれでハイそうですか…と楽な選択をする人間じゃない。

ちゃんと実のある神託師になりたいと考えるのは、ごく当然の話だ。


とは言っても、それはかなり難しいだろうと思う。


================================


ネミルが神託師になると決めた日、俺たちは神託について聞かされた。

この日のために、爺ちゃんが以前に親父さんに言づけていたらしい。

まあ、最低限の説明責任って奴だ。


思っていた以上に、人の天恵を見るというのは難しそうだった。

まず、古語による複雑な特殊詠唱を完全にマスターしないといけない。

今となっては完全に伝説と化した、古代魔術の流れを汲む詠唱らしい。

ただ音だけで暗記するのではなく、意味も理解してないと発動しない。

…何と言うか、ネミルに出来そうなイメージがまるで湧いてこない。

ビッシリと書かれた古語列を見て、本人も白目になっていた。


そしてもうひとつの問題は、触媒として使うというネラン石の存在だ。

これを詠唱と共鳴させる事により、対象者の天恵を文字に結像させる。

何とも荘厳なプロセスだなと思う。しかしここにシビアな問題がある。

実はこのネラン石、よくて二回しか触媒として使用できない。その後は

完全に変質してしまう。要するに、ほぼ一回きりの使い捨てって事だ。

しかもこの石、そこそこ値が張る。宝石とか貴金属ほどじゃないけど、

現在は採掘量も減っているらしく、なかなか安価では手に入らない。


どうやら探せばまだまだ埋蔵されているらしいけど、そもそも採掘する

専門業者がほとんど残っていない。当たり前だろう。天恵を見る以外に

用途のない特殊な鉱石なのに、その天恵自体が完全に廃れてる時代だ。

誰が好き好んで、そんな儲からない採掘なんかするだろうか。


もちろん、天恵を見るために用いるネラン石の購入費は希望者持ちだ。

そんなのまで負担したら、神託師はあっという間に破産してしまう。

だから天恵を見るには金がかかる。その仕組みは、意外と簡単だった。


そしてしみじみ思った。

はっきり言ってこれ、俺たちの手に余る話なんじゃないかと。


================================


「…とにかく、今はあまり考えても仕方ない。出来る事をやろうぜ。」

「そうだよね。」


どうやら一度口に出したかっただけらしい。ニッと笑ったネミルには、

憂いの様子などは見られなかった。俺も笑い返して肩をすくめる。

そう、今は喫茶店開業に専念すればいい。後の事はまた後で考えよう。

とにかくこの家の中をとことん整理してから…


「あれ?」


不意に、机の引き出しを漁っていたネミルが怪訝そうな声を上げた。


「どうした、何かあったか?」

「これ。」


答えたネミルが摘まみ上げたのは、小さな封書だった。紙以外の何かも

同封されているらしく、ほんの少し膨らんでいるのが見て取れる。


「手紙か。」

「そうみたい。お爺ちゃんの記名もあるよ。日付は去年の8月。」

「ずいぶん前だな。」


もしかすると出しそびれたものか。ちょっと興味あるな。


「ちなみに、誰宛かは判るか?」

「うん。」

「誰だ?」

「あなた。」

「へ?」


思わず変な声を返してしまった。


「…何だって?」

「ほら。」


両手で持ち直した手紙の表面を俺に向け、ネミルがじっと俺を見た。


「間違いないでしょ?」

「………」


確かに間違いない。見覚えのある、爺ちゃんの筆跡で書かれている。


『トラン・マグポット君へ』


…俺宛に遺された、爺ちゃんからの手紙?

何なのか、見当もつかない。

だけど、妙な確信があった。


きっと、俺たちのこれからを大きく左右するものなんだろうと。



庭で鳴き交わされる鳥の声が、妙にはっきり聞こえる午後だった。

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