爺ちゃんの家にて
とにかく物が多い。爺ちゃんの家の印象は、それに尽きた。
ゴミ溜めになっているとか、そんな意味ではない。整理はされてるし、
掃除が行き届いていないという事もない。少し前まで誰かが住んでいた
事実を、ちゃんと感じられる家だ。老朽化も大した事はない。
だけど、一人暮らしにしてはかなり家具が多い。雑多な物も実に多い。
何に使うんだって置物から、様々な形の工具まで。何でも屋をしていた
名残なんだと思う。どこの部屋にもゴチャゴチャと物が溢れている。
正直、ちょっと途方に暮れる。この大量の物を選別してから処分して、
さらに内装を変えるのか。今の俺の手に余ると、弱音を吐きたくなる。
だけど、今さら後には退けない。
大見得を切った以上、目標の達成に向けて突っ走るしかない。
それが俺たちの現実だった。
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とにかく、まずはある物の確認だ。それをしないと何も始められない。
もしかしたら、爺ちゃんのへそくりとか遺産が見つかるかも知れない。
もう家は丸ごとネミルの物だから、見つけたもん勝ちだ。我ながら少し
浅ましいとは思うけど、そのくらい夢見てもいいだろう。
そんな事を考えながら、あれこれと物色していた時。
「ねえ、トラン。」
書棚を確認していたネミルが、俺に話しかけてきた。
「どうかしたか?」
「あたし、本当にお爺ちゃんの次の神託師になれると思う?」
「…………」
いきなり直球の質問だ。正直な話、そう簡単には答えられない。
俺は慎重に言葉を選んだ。
「それはつまり、実際に天恵を見る仕事…って意味でか?」
「もちろんそう。正直に言って。」
「正直、かなり難しいと思うぜ。」
あえて俺は即答した。正直に言えと言われた以上、のらりくらり半端な
言葉で言い繕うのは嫌だったから。
ぶ厚い蔵書の一冊を手にしながら、ネミルはしばし黙っていた。
そして。
「…やっぱり、そうだよね。」
怒るでも、嘆くでもなく。ネミルは小さな苦笑を浮かべてそう言った。
きっとそれも俺と同じ、いやもっと率直な本音だったんだろう。
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出来なくてもいいから継げ。あの時親父さんが言ったとおり、ネミルは
とりあえず神託師になりさえすれば実績は問われない…という立場だ。
まさに「名ばかり神託師」である。まあ、それでいいと言うなら別に、
わざわざ追及する事もないだろう。
だけど、当のネミルが納得できるかどうかは別の話だ。俺の知る限り、
ネミルはそれでハイそうですか…と楽な選択をする人間じゃない。
ちゃんと実のある神託師になりたいと考えるのは、ごく当然の話だ。
とは言っても、それはかなり難しいだろうと思う。
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ネミルが神託師になると決めた日、俺たちは神託について聞かされた。
この日のために、爺ちゃんが以前に親父さんに言づけていたらしい。
まあ、最低限の説明責任って奴だ。
思っていた以上に、人の天恵を見るというのは難しそうだった。
まず、古語による複雑な特殊詠唱を完全にマスターしないといけない。
今となっては完全に伝説と化した、古代魔術の流れを汲む詠唱らしい。
ただ音だけで暗記するのではなく、意味も理解してないと発動しない。
…何と言うか、ネミルに出来そうなイメージがまるで湧いてこない。
ビッシリと書かれた古語列を見て、本人も白目になっていた。
そしてもうひとつの問題は、触媒として使うというネラン石の存在だ。
これを詠唱と共鳴させる事により、対象者の天恵を文字に結像させる。
何とも荘厳なプロセスだなと思う。しかしここにシビアな問題がある。
実はこのネラン石、よくて二回しか触媒として使用できない。その後は
完全に変質してしまう。要するに、ほぼ一回きりの使い捨てって事だ。
しかもこの石、そこそこ値が張る。宝石とか貴金属ほどじゃないけど、
現在は採掘量も減っているらしく、なかなか安価では手に入らない。
どうやら探せばまだまだ埋蔵されているらしいけど、そもそも採掘する
専門業者がほとんど残っていない。当たり前だろう。天恵を見る以外に
用途のない特殊な鉱石なのに、その天恵自体が完全に廃れてる時代だ。
誰が好き好んで、そんな儲からない採掘なんかするだろうか。
もちろん、天恵を見るために用いるネラン石の購入費は希望者持ちだ。
そんなのまで負担したら、神託師はあっという間に破産してしまう。
だから天恵を見るには金がかかる。その仕組みは、意外と簡単だった。
そしてしみじみ思った。
はっきり言ってこれ、俺たちの手に余る話なんじゃないかと。
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「…とにかく、今はあまり考えても仕方ない。出来る事をやろうぜ。」
「そうだよね。」
どうやら一度口に出したかっただけらしい。ニッと笑ったネミルには、
憂いの様子などは見られなかった。俺も笑い返して肩をすくめる。
そう、今は喫茶店開業に専念すればいい。後の事はまた後で考えよう。
とにかくこの家の中をとことん整理してから…
「あれ?」
不意に、机の引き出しを漁っていたネミルが怪訝そうな声を上げた。
「どうした、何かあったか?」
「これ。」
答えたネミルが摘まみ上げたのは、小さな封書だった。紙以外の何かも
同封されているらしく、ほんの少し膨らんでいるのが見て取れる。
「手紙か。」
「そうみたい。お爺ちゃんの記名もあるよ。日付は去年の8月。」
「ずいぶん前だな。」
もしかすると出しそびれたものか。ちょっと興味あるな。
「ちなみに、誰宛かは判るか?」
「うん。」
「誰だ?」
「あなた。」
「へ?」
思わず変な声を返してしまった。
「…何だって?」
「ほら。」
両手で持ち直した手紙の表面を俺に向け、ネミルがじっと俺を見た。
「間違いないでしょ?」
「………」
確かに間違いない。見覚えのある、爺ちゃんの筆跡で書かれている。
『トラン・マグポット君へ』
…俺宛に遺された、爺ちゃんからの手紙?
何なのか、見当もつかない。
だけど、妙な確信があった。
きっと、俺たちのこれからを大きく左右するものなんだろうと。
庭で鳴き交わされる鳥の声が、妙にはっきり聞こえる午後だった。