もうひとつの答え
沈黙は、ごくごく短かった。
「…勝手な事を言う輩しかいない。このお店は何なんです?」
「神託カフェですよ。」
呆れ声のオーウェに、俺は迷いなくしれっと答えた。
自分でも驚くくらい、間髪入れずに生意気な答えを返せたと思う。
「え…お…オーウェ様?」
「あの…」
困惑気味のケイナたちには答えず、オーウェは俺を凝視していた。
睨んでいるのではなく、ただじっと俺の目を見据えていた。
見返す俺は、さぞかし生意気な顔をしている事だろう。自分でも判る。
でも、それでいいと思っていた。
思いきり生意気な事を言った以上、下手に取り繕うべきじゃないと。
少なくとも言行一致を貫け。自分が口にした事が正しいと思うのなら、
最後まで意地を張り通せ。
いつだったか、ルトガー爺ちゃんもそんな事を言ってた覚えがある。
俺はそれを信じる。
何よりも。
まっすぐ俺を見るオーウェは既に、影の片鱗さえまとっていなかった。
さっきまでとは違う。恐らく、今の彼女に「魔王」の天恵は効かない。
俺に対する悪意が消えていた。
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「帰りましょうかサトキン、それにケイナ。」
「はっ?」
「えっ?」
視線を俺に向けたまま放たれたその言葉に、二人の目が点になった。
その唐突さに、ネミルの目まで点になっている。まあそうだよな。
だけどオーウェの声にも表情にも、さも当然という開き直りがあった。
「ケイナ。」
「は、はい。」
「ここへは天恵宣告を受けに来た。そうでしたね?」
「は…い。」
「じゃ、もう用は済んだわけだから一緒に帰りましょう。何だったら、
帰りに何か美味しいものでも食べに行きましょう。三人で。」
「え…………」
「オーウェ様。」
「何ですかサトキン。」
「それオゴリですか?」
「もちろん。」
「じゃあ、ご一緒させて頂きます。いいよなケイナ?」
「はい。……行きましょう!」
そこでようやく、ケイナも笑った。
「遠出した挙句に、難しい話はもうたくさん!さっさと帰りましょう。
こんなお店、二度と来ないわよ!」
愉快そうに笑いながら、オーウェは俺を指差して言った。
「もうちょい接客態度を考えた方がいいですよ、ご店主。」
「ご意見ありがとうございます。」
俺も笑って応えた。
「お勘定お願いします。」
「あっ、ハイただいま!」
弾かれたようにネミルが歩み寄る。
やれやれ。
厄介な客だったな。
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「またのお越しを。」
「だから来ませんってのに!」
わざとらしく声を揃えた俺とネミルに、オーウェは苦笑して答えた。
ローブを抱えたケイナとサトキンも笑みを浮かべ、深々と頭を下げる。
「ありがとうございました。」
「また来てくださいね。」
「もちろん来ます。」
「ほら、少し彼女を見習って素直になりましょうよ。」
「結構です!行きましょう!!」
「はい!」
しつこい俺に手を振り、オーウェは二人を伴って歩き出す。
迷いのない足取りで。
俺たちは、振り返らずに去っていく三人をじっと見送っていた。
そうだ。
結局、自分たちで決めるしかない。これまでの事も、これからの事も。
おそらく、前例なんかないだろう。「死者蘇生」の天恵の持ち主自体は
過去にいたかも知れない。だけど、それで孤児院を作ってしまった人は
史上初だと思う。そんなぶっ飛んだ事をやれる人間はそうそういない。
だったら、胸を張ってくれ婆さん。
俺なんかが偉そうに言う事じゃないのは分かってる。だけど少なくとも
間違った事を言ったつもりはない。だったらあなたの言葉にしてくれ。
今に至るまで、苦しい嘘をついてもネクロスの子らを護ってきたんだ。
胸を張って向き合えば、きっとまた新しい明日が見えるはずだから。
「大丈夫だよね。」
「そう信じようぜ。」
「うん。」
通りを曲がり見えなくなった三人に思いを馳せ、俺たちは頷き合った。
さて。
じゃあ、俺たちは俺たちの現実に。
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チリリン。
店の中へと戻り、俺は息をついた。と言うか、呼吸を整えた。
今日という日はまだ終わってない。さすがにもう、店は閉めるけれど。
今の俺は、正面から向き合う問題をもうひとつだけ抱えている。
目の前のホージー・ポーニーだ。
『お見事だったわね。』
「おかげさまで。」
今回の件が終わったからと言って、逃げ隠れする気は一切ないらしい。
俺としてもその方がありがたい。
「それで、ポーニー。」
『うん?』
「あなたは一体、誰なんですか?」
俺のこの問いを耳にしたネミルも、さすがに驚いた様子はなかった。
ある意味、俺よりずっとポーニーの変化に困惑しているだろうからな。
もう、本人に訊くしかない。
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沈黙は、ごくごく短かった。
『面と向かって訊くんだ。』
俺の顔を見返しながら、ポーニーがそう呟いた。
俺は黙って次の言葉を待つ。
『…って言うか、それなりに見当はついてるんじゃないの「魔王」?』
「ええまあ、それなりには。」
口にして初めて、声が上ずっているのを感じた。まあ、そりゃそうだ。
緊張するなという方が無理な話だ。
見当がついていると看破されているなら、答えは出されたも同然だ。
とすれば、今の俺とネミルはかつてないほどヤバい状況にある。
だけど、今さら後には退けない。
「見放したりはしてない」
「死んだ人間に天恵は授けない」
オーウェに対し彼女が最初に言ったのは、そんな言葉だった。
見放す?
授ける?
どうしてそんな表現を使う?
なぜ「見放される」じゃないんだ。
天恵は「授けられる」ものだろう。
そんな表現を当然のようにする存在など、世界にただ一人しかいない。
いや、一人と言うべきかどうかさえ俺には計り知れない。
だけど、答えはもう見えている。
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「恵神ローナ、ですね。」
『ご明察。さすがだね魔王。』
答えは、あっさりしたものだった。