部外者だからこそ
人に好かれるのはけっこう難しい。
反面、嫌われるのは割と簡単だ。
可視化できると、その事実はもっと鮮明に克明に実感する事が出来る。
…いや、別にしたくもないけれど。
そう。
ちょっと生意気な口をきくと、人はたちまち俺に対して悪意を抱く。
たとえ表面上の態度がどうであれ、その事実は俺の目に否応なく映る。
「魔王」の天恵の力で。
例えば、今この瞬間のように。
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「………………」
非難の眼差しが突き刺さる。言葉はないものの、そこに悪意があるのは
文字通り「見れば判る」。ケイナもサトキンもオーウェも、脈絡もなく
口を挟んだ俺を睨みつけていた。
だけど俺は今、別に「黙れ」なんて命令を下したりはしていない。
こんな連中相手に天恵を使うとか、大人げないにも限度があるだろう。
何よりもう、後ろ向きな話はここに至るまでに語り尽くされている。
多少の抗議をしようと、オーウェの抱く悲劇と諦観の前では無意味だ。
それは既にネミルが実証している。
だから何だよ。
話が前に進まないのなら、この俺が根こそぎひっくり返してやる。
どうせ悲嘆に暮れるだけなら、別に構わないだろお前ら。
ああそうだ、俺は何にも知らない。
なら、知ってる奴に訊くだけだ。
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「おいポーニー。」
『ん?…ああ、あたしか。何?』
雑だなこいつ。
もはや自分がポーニー以外の存在だという事を、隠す気も取り繕う気も
ほぼ無いってか。まあ、今そんな事はどうでもいい。
「何つったか、この二人の事…」
『ネクロス?』
「そう、それだ。」
その言葉にオーウェがピクリと肩を小さく震わせる。が、今は無視だ。
「ネクロスってのは、死んだ乳児が天恵の力で蘇った存在なんだな?」
『そう。』
「昔の伝説にあるアンデッドとか、そういう類なのか?」
「ちょっ、トラン…!」
『違うよ。全然別のカテゴリー。』
耐えかねたネミルの声を遮り、事もなげにポーニーが続ける。
『アンデッドは呪術的な力を使って屍を動かす高等魔術。それに対して
ネクロスってのは、本当にただ単に死んだ子を蘇生させただけの存在。
致命的な損傷さえ肉体になければ、多少の硬直とか腐敗も蘇生した後で
自己回復する。生きている人間が、病気を治癒させるみたいにね。』
「なるほど。」
スラスラ答えてくれて助かる。
少なくとも、そこに悪意はない。
ポーニーはただ単に、知ってる事を遠慮なく喋っているだけだ。
人の都合などに左右される事なく。
「…で、結果的に天恵を授からない体質になるって事なのか。」
『そういう事。』
「分かった。」
そこで俺は、あらためてケイナたち三人の方に向き直った。
相変わらず黙ったままの顔をじっと見比べ、そしてゆっくり告げる。
「だってよ。」
「…何だと?」
「要するにお前らは、赤ん坊の頃に一度死を経ただけのただの人間だ。
初めて聞いて怖じ気づくのは判る。だけど、何をそこまで悲観する?」
「あなたに分かる訳ないでしょ!」
サトキンに続いて、ケイナが高い声を張り上げた。
「孤児だという話も村の掟も、全て嘘だと知った、あたしたちの…!」
「でかい声出すなよ。」
「…ッ」
俺の一喝でケイナは黙り込んだ。
もちろん天恵なんか使っていない。でかい声出すなと言っただけだ。
「あれやこれや嘘だったのは確かにショックだろう。だからって別に、
何もかも絶望する必要ないだろが。ずっと嘘ついてたそっちの婆さんに
とことん文句でも言え。何だったら一発くらい殴らせろ。別にいいだろ
そのくらい。なあ婆さん?」
「…それは…まあ…」
「憎むだとか何とか大げさに考えるのはやめて、この場で片付けろよ。
あんたもこの際、村の連中から一発ずつ殴られるくらいの覚悟を持て。
ボコボコの顔で謝り倒して、それで手打ちにしてもらえよ。」
『言うねぇ。』
面白そうな口調でポーニーが言う。…どこまでも他人事なのかよ。
まあいいけど。
確かに俺は若輩で、部外者だ。
難しく考えられるわけでもない。
けど、少なくとも堂々巡りになっているこいつらよりはマシだ。
自分の境遇が不幸だと決めつけて、それに酔ってるような奴らよりは。
「って言うかよ!」
ダメだ、俺テンション上がってる。もう押し切るしかなさそうだ。
「天恵がないってのが今の時代に、それほど嘆く事なのか!?」
「え…」
「何百年も前ならともかく、今ならどうでもいいだろそんなの!!」
………………
………………
ああ。
やっちなったな、俺。
神託師がいる店で言う事かよ。
神託師の許嫁が言う事なのかよ。
身も蓋もなさ過ぎるだろうがよ。
だけど。
紛れもない、俺の本音だ。
『言うねぇ。』
ポーニーのひと言に、さっきと違う実感がこもる。
やっちまったな、俺。