だから何だよと
元凶と呼べる存在がいない。
悪いと断ずる人も思いつかない。
ごくごく普通の観点で考える限り、責めるべきと思う人は誰もいない。
皆、自分以外の誰かの事を思って。
少しでも良くなるようにと願って。
それが合わさって、どうしてこんな愁嘆場が出来上がってしまうのか。
俺が若輩だから分からないのか。
人生経験が足りていないからか。
そうだとすれば。
何だか腹立たしいな。
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「…もう、これ以上の隠し事も嘘もない。私は全てをさらけ出した。」
淡々としたオーウェのその言葉は、さっきまでより老いた響きだった。
全てさらけ出したせいで、歳相応の老いを背負ってしまったのか。
もし本当にそうだとしたら、彼女をそこまで追い込んだのは誰なのか。
彼女に責任を委ねたサトキンか。
彼女の天恵を見たネミルか。
リアジ村を飛び出したケイナか。
それとも…
「今となってはもう、村の者たちに黙っていてくれと言ってもおそらく
無理だろうね。いずれお前たちから全ては伝えられる。」
「…それは…そんな事は…」
「……」
ケイナもサトキンも、何か言おうとして言葉に詰まる。そりゃ当然だ。
今までの己の人生がひっくり返った直後に、そんな事を冷静に考えて
断言できるわけがないだろう。
当人の頭はぐちゃぐちゃのはずだ。
「それでお前たち、戻るのかい?」
「あたしは…その…」
「私は戻ります。」
迷いを口にするケイナと対照的に、サトキンは即答した。
「皆に話すかどうかは、まだ分かりません。それでも私には、村を去る
理由がありませんから。」
「そりゃそうだろうね。」
寂しげにそう答えたオーウェの顔に浮かんだのは、小さな笑みだった。
「…じゃ、私に代わって皆に伝えておくれ。許して欲しいってね。」
「えっ?…オーウェ様はお戻りにはなられないと?」
「どのツラ下げて戻れる?」
どうやら、浮かべたのは自嘲の笑みだったらしい。オーウェは既に、
何かを捨て去る心づもりだった。
「私は弱い人間だよ。さすがに村の皆から憎まれて生きるなんて余生は
送りたくない。…勝手な言い草かも知れないけど、察して欲しい。」
「そんな…!」
声を上げたのはネミルだった。
「どうして憎まれるって決めつけて話を進めるんですか!?」
「あなたならどう思う?…いいや、そんな想像は無理だろうね。」
オーウェは口調を強めた。
「孤児院の子供たちは一人残らず、一歳になる前に引き取られたんだ。
もちろん親の記憶なんか何もない。自分が孤児って事を疑っていない。
そんな今までが全て嘘だったなんて話、呑み込めると思う?」
「それは…!」
答えられるはずがない。
ケイナならまだしも、ネミルにその問いに答えられる礎は何もない。
精一杯答えたところで、その言葉は無意味に等しいだろう。
そこまで聞いた俺は、ふとポーニーに目を向けた。
言うだけ言って満足したのか、もう言葉を挟みそうな気配はなかった。
後は本人次第とでも言いたいのか、何とも超然とした態度だ。
何だろうか。
無性に腹が立ってきた。
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オーウェは決して悪人じゃない。
もちろんケイナもサトキンも、悪意を抱いて行動したわけじゃない。
ネミルは言うまでもない。
ポーニーの意図は計り知れない。
だから何だよ。
確かにオーウェの人生は悲劇的だ。その中で得た己の天恵を、少しでも
前向きに使おうと考え行動したのも十分理解出来る。尊敬さえ出来る。
その中でついた嘘も、彼女の弱さの裏返しなのだと考えられるだろう。
ポーニーは、その嘘を情け容赦なく暴いてみせた。きっかけはケイナの
行動だったとしても、結果を出したのは間違いなくポーニーだ。
オーウェはそれを無慈悲と言った。そう言いたくなる気持ちも分かる。
無慈悲で残酷だ。それは同意する。あまりにも容赦がなさ過ぎる。
だから何だよ。
「……お前らはどうしてそこまで、何もかも悲観して嘆いてんだよ。」
思わず言葉が口をついた。
オーウェやケイナ、サトキンたちがハッと俺に視線を向ける。やがて、
その眼差しには非難にも似た鋭さが混じっていく。
ああ、そうだろうな。
確かに俺は、今のこの場においては誰よりも部外者だ。天恵宣告などを
するわけでもないし、詳しい事情も一切知らない。ただの喫茶店店主。
やった事と言えば、暖かい飲み物を振る舞っただけだ。それは事実だ。
だから何だよ。
ここは俺の店だ。
しけた話をするのは勝手だ。しかし何事にも限度ってものがあるだろ。
そして神託師であるネミルは、俺の許嫁だ。いわば俺の分身だ。
こいつがやった事に対しては、俺に責任の一端がある。いつでもある。
余計な事を言ったポーニーは、この店で俺が雇っているアルバイトだ。
明らかに様子が変だとは言っても、こいつの言動にも俺は責任を負う。
そして俺は。
こういう辛気臭い堂々巡りは何より嫌いなんだよ。
悪いが、ここまで来たら言いたい事は言わせてもらう。
だから何だよ、とな。