ネクロス
「…何を言いだすのです。」
あくまでマイペースを崩さなかったオーウェが、初めて声を震わせた。
「私たちを冒涜する気なら、相応の報いを受ける事に…」
『どの口が冒涜とか言うかなあ。』
オーウェの言葉を遮ったポーニーの目が、ネミルに向けられる。
『ネミル。』
「えっ?」
『試しにその婆さんの天恵見てみ。面白いから。』
「え…」
俺は、背中に氷をぶち込まれたかのような気分に陥っていた。
ポーニーがネミルを呼び捨てにするところなど、今まで見た事もない。
明らかに別人だ。もちろんネミルの困惑は、俺の比じゃないだろう。
『ホラ早く。』
しかしポーニーの声には、抗い難い圧があるのも事実だった。
指輪をはめたままだったネミルは、その圧に押されてオーウェの方へと
視線を向ける。無礼と言えば無礼な行為だ。しかし、やはり抗い難い。
「な、何をなさる!?」
ようやく状況を察したオーウェが、険しい怒声を張り上げる。しかし、
もう遅い。鍛え上げたネミルの能力は、その気になればとことん速い。
もったいぶった言い方しなければ、ほんの数秒で天恵を見極められる。
そして。
「赤…」
目を見開くネミルが、信じられないといった口調で呟いた。
「オーウェさんの天恵は…」
「やっ、やめて!!」
「【死者蘇生】…?」
『ホラね。』
さも当然と言った態で、ポーニーが言い放つ。
『村がどうこうって話じゃあない。そこの二人は、婆さんが天恵の力で
蘇らせた死者…つまり「ネクロス」だったってだけよ。』
================================
それまでのいつよりも、重くて長い沈黙が場を満たした。
死者蘇生?
そんな天恵があったのか?
この二人は、死者だから天恵を得る事が出来なかったってのか?
それが村の掟なのか?
どうしてポーニーが知ってるんだ?
疑問が頭の中で渦を巻く。
どうやらケイナだけでなくサトキンも、その事は初耳だったらしい。
初めて二人の表情が合致していた。
そして、デタラメでもないらしい。
オーウェの苦しげな表情が、何より雄弁にその事を物語っていた。
「…あたしたちが…死者…?」
「どういう…どういう事ですか!?…お答え下さいオーウェ様!!」
恐らく、これまで思うところは色々あったのだろう。耐えかねたように
サトキンが怒鳴り声を上げた。
「村の掟は!!私たちの運命は!!…何もかもデタラメなんですか!!
…だとしたら私たちは、何のためにここに存在しているんですか!!」
「違う!!」
甲高い声で怒鳴り返すオーウェが、凄まじい形相でポーニーを睨んだ。
「…無慈悲なお方ですねあなたは。どのような権利があって我々の…
いや、私の領分を犯されるのか。」
『それは自分の胸に訊けよ。』
ポーニーは取り付く島もなかった。むしろ、ちょっと怒ってさえいた。
とんでもない事態を招いたネミルは完全にうろたえ、目が泳いでいる。
もちろん俺にどうこうできるはずもなかった。
しばしの睨み合いののち。
『世の中には、ついていい嘘と悪い嘘ってものがある。これがそう。』
淡々とした口調でポーニーが言う。
『残酷な事だとしても、あんたには事実を伝える義務があるでしょう。
そういう生き方を選んだならね。』
「………………無慈悲ですね。」
『何とでも言いな。でも今あんたがすべき事は説明でしょ。二人とも、
もう待ってはくれないよ?』
「分かりました。」
そこでオーウェは、フッと肩の力を抜いた。俺もつられて力を抜く。
「すまんが、紅茶のお代わりを。」
「あっ、ハイ!」
忘れてた。
俺は喫茶店のマスターだったっけ。
================================
「看破されたなら認めるしかない。私の天恵は【死者蘇生】。」
紅茶を啜りながら語るオーウェは、すっかり冷静さを取り戻していた。
腹を括った事を察し、ケイナたちも静かにその言葉に耳を傾ける。
「文字通り死者を蘇らせる力です。…しかしこの力は、生後一年未満の
乳児にしか使えないのですよ。」
「えっ!?」
ネミルとケイナの声が被った。
「じゃあ、あたしたちは…?」
「そう。幼くして亡くなった赤ん坊だったのよ。死産の子もいたわね。
皆、悲観に暮れる母親たちが運んできた亡骸。私はその子らを蘇生し、
孤児院の態で育てていったのよ。」
「み、みんなそうなんですか?」
「そう。一人残らずね。」
「……!」
二人も俺たちも言葉を失くした。
しかし、当然浮かぶ疑問がある。
「…親はどうなったんですか?」
「去らせたよ。」
俺の問いに、オーウェは迷う事なく即答した。
「一度喪った命だ。どうしても見る目が変わってしまう。いつかそこに
不幸が生じるかも知れない。だから「生きている」という事実を支えに
自分たちの命を生きていきなさいと諭し、元の生活に返したのよ。」
「……」
そういう事か。
この人はそういう運命を背負って、リアジ村を導いてきたってのか。
「…かつて私も、息子を喪った。」
紅茶のカップをじっと見据えつつ、オーウェが絞り出すように告げる。
「その悲しみを乗り越えるために、天恵に縋った。その結果がこれさ。
皮肉でしかなかった。恵神ローナを恨んだ。何の冗談なのかとね。」
そこでオーウェは、カップを静かに置いた。
「だけど思ったのさ。せっかく得た天恵だ。とことん活かそうってね。
幼子の死は世の中の日常だ。それを覆せるならやってやる。死した子を
蘇らせ、別の命を生きるチャンスを与えてやる!ってね。」
過去を思い出したのか、オーウェの顔に小さな苦笑が浮かぶ。やがて、
彼女の目はネミルに向けられた。
「そしたら、復活した子供たちには天恵がないと来た。…何と言うか、
私と恵神ローナはとことん合わないらしいね。ちょっと笑えたよ。」
「…そうだったんですか。」
ネミルの声に、責めるような響きは感じられなかった。ケイナたちも、
うつむいてじっと考え込んでいる。
おそらく、これが事実なんだろう。
だけど。
どう収拾つけるんだ、この状況?




