サトキンの言い分
サトキンは、しばし黙っていた。
もう既に「魔王」の束縛は解除しているにもかかわらず、俺たちの顔を
じっと見比べながら沈黙。もちろん警戒してるんだろうけど、正直な話
俺たちとしては少し居心地が悪い。
あらためて抱く彼の印象は、至って普通の青年…といった感じである。
騎士になり切っていたシュリオさんの方が、よっぽど変人だった。
ケイナと同様、あの黒いローブだけが異様な雰囲気を醸し出している。
だけど、待つしかない。
今は彼のターンだ。納得できるかは別として、話を聴く必要がある。
今ここでケイナを連れ戻す気なら、少なくとも俺たちの説得は必須だ。
そのくらいもう理解してるだろう。
薄っぺらな判断は絶対したくない。
だから、俺たちはじっと待った。
================================
「…これは、掟なんですよ。」
辛抱強く待った末、サトキンは俺に目を向けながらそう切り出した。
神託師はネミルだけど、この局面で話すべきは俺だと決めたんだろう。
それを察した俺も居住まいを正す。
「今のこの時代、村の掟などという古ぼけた言い回しが敬遠されるのは
当然でしょう。私もそう思います。でも、掟とはそういうものです。」
諭すかのような口調で、サトキンは続ける。何となく、彼も別の誰かに
かつて同じように諭されたんだな…という確信が湧いた。
「…つまり、天恵宣告を受けるのが禁忌だって事ですか。」
「そうです。これは、何もケイナに限った話ではありません。私たちが
育った孤児院、そして村全体に及ぶ長年の掟でもあるんです。」
「理由…は、訊いちゃダメな感じでしょうかね。」
「はい。」
即答したサトキンは、右目元にあるタトゥーを指さして続ける。
「掟を受け入れた私たちは、後輩を護る義務を負う。もちろん束縛など
したくはない。いずれ村の若者は、正式に説明を受ける事になります。
ケイナはまだ若い。いや幼い。まだその時点ではないという事です。」
「………………」
「一人一人話を聴く」という条件はもちろん、双方に適用すべきだ。
だからケイナも今は口を挟まない。しかし、言いたい事があるってのは
黙っていても判る。納得してないという事なんだろうな。
「だけど、その説明だけじゃ弱い。お分かりですよね?」
意外なほど強い口調で言ったのは、ネミルだった。
「あたしは神託師です。天恵宣告が廃れた時代であろうと、受けたいと
望む人がいるなら応えるのが務め。神託師とはそういうものなんです。
あなたが村の掟を拠り所にするのと同じように、あたしもその信念を
簡単に曲げるわけにはいきません。それはご理解下さい。」
言い切った声に、震えはなかった。途中で嚙んだりもしなかった。
何だよ。
いつの間にそこまで立派になった?
惚れ直すだろうが。
================================
「…でしょうね。」
ネミルの言葉を受けたサトキンは、小さなため息をついて頷く。
怒っているような様子もなかった。…もしかして引き下がる気か?
「言葉が足りていないというのは、私自身もちゃんと自覚しています。
いきなり飛び込んで来たケイナを、あなた方が尊重してくれているのも
理解しています。感謝もね。」
「……」
そう言われると反応に困る。
横暴な態度を取った俺にはきちんと悪意を抱いた半面、今のサトキンに
策を弄するような気配は見えない。かと言って諦めたわけでもない。
彼は、今までの来訪者と別の意味で本心が見えづらい。
…いや、違うな。
隠しているってより、言いたくても言えないんだろうか?
「お察しの通りですよ。」
俺の考えを見透かしたかのように、サトキンは苦笑して肩をすくめた。
「掟を受け入れた身とは言っても、私はその事に関して口にする権限を
与えられていません。だからこそ、漠然とした事しか言えないんです。
ですが、それではあなた方は決して納得なさらない。でしょう?」
「まあ、そうですね。」
ここは正直に答える。
サトキン自身、自分の説明が足りていない事はちゃんと自覚している。
そして予想通り、説明をしたくても出来ないという立場にあるらしい。
なら、この膠着状態をどう進める?
しばしの沈黙ののち。
何かを合図にしたのか、サトキンがチラと入口の方に目を向けた。
「…そろそろですね。」
「?」
「あなた方に、きちんと説明できる者が到着しました。村の長です。」
「えっ!?」
押し黙っていたケイナが、その言葉にハッと目を見開く。
「オーウェ様がここに…!?」
「そうだ。心配されていたぞ。」
「そんな…!」
動揺を見せるケイナは、しかし別に恐怖している様には見えない。
…どちらかと言うと、恐怖より恐縮しているんじゃないかと思えた。
そんな言葉に、俺たちはあらためて気を引き締める。
なるほど、サトキンは今までずっと時間稼ぎをしてたって事なのか。
自分では、説得する事は叶わない。力ずくで…という選択も出来ない。
だからこそ、事情を話せる村の長がやって来るのを待っていたんだ。
のらりくらりと会話を続けながら。
話を聴いた限り、村の長というのは彼らの住むリアジ村の責任者だ。
ただ「長」というだけでなく、掟を統括している人物でもある。
あれこれ考える間もなく、入口ドアの向こうに人影が見えた。
どんな方法かは知らないが、彼らは同胞の所在地を感知できるらしい。
チラと視線を交わし、俺とネミルは小さく頷いた。
望むところだ。
ここまで来たら、最後まできちんと付き合うのが一端の神託師だろう。
…俺たちも肝が据わってきたなあ。
さあ、ドンと来い。