寄る辺なき者の村
俺の天恵「魔王」は、相手の悪意を支配して行動をコントロールする。
ただ単に思い通りに動かすだけではなく、「忘れろ」とひと言命じれば
一定期間の記憶を消す事もできる。正直、自分でもちょっと怖くなる。
だけど、支配されている状態の人がどんな心境かは、知りようがない。
恐怖を感じているのか、または意識そのものが途絶した状態なのか。
だからこそ、うっかりやり過ぎると後で支障が出てくる可能性がある。
「死に戻り」の時のようにはっきり止めを刺すなら別だ。だけど正直、
あれほど重い役目を負う機会などはもう来てほしくない。だからこそ、
やり過ぎにならないよう注意する。
例えば、今回のように。
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とりあえず、二人とも座らせた。
ケイナにはココアを出し、サトキンにも注文を聞いてコーヒーを出す。
こういう場合、考えなしに弱い方に味方するというのは悪手だ。
しつこいようだけど、俺とネミルは未だに爆弾娘の記憶を抱えている。
だから、まずは両方の話をきちんと聴く事にした。
何度も使ううちに「魔王」の出力の調整も出来るようになってきた。
今のサトキンは、とりあえず余計な横槍を入れない程度に抑えている。
あくまで念のためだ。どちらの話も聴くつもりでいる以上、片方への
偏った肩入れをする気はない。
というわけで、まずはケイナの方の話を聴こう。
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「それで、天恵宣告を受けたい…という事なんですよね。」
「はい。」
ネミルの質問に即答したケイナは、傍らに掛けたローブに目を向ける。
「15歳になりましたから。」
「まあ…そうなんですね、はい。」
返す言葉が曖昧になる気持ちはよく分かった。
確かに天恵は15歳になれば授かる力だ。その理屈自体は別にいい。
だけど今の時代、そんな理由だけでここまで来るのはおかしいだろう。
仮にサトキンの言葉を信じるなら、それは村の掟破り行為でもある。
「じゃあちょっと質問ですけど。」
「何でしょうか。」
「こちらの方とのご関係は?」
「………………」
黙り込むケイナ。しかしこの場合、それで簡単に流せる話ではない。
もし、本当に村の禁忌を破るような事があれば、余計な諍いが起こる。
宗教絡みだったりすると、俺たちの想像以上の問題になるだろう。
まずは自分という存在を、きっちり明るみに出してくれ。
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しばしの沈黙ののち。
「…あたしは、南部にあるリアジという村で育ちました。」
ようやく心を決めたのか、ケイナがポツリポツリと話し始めた。
「両親の事は知りません。あたしもサトキンさんも孤児です。そして、
サトキンさんは同じ孤児院で育った先輩なんです。」
「なるほど。」
思ったよりも、関係は単純だった。同じ孤児院の出身か。という事は、
ローブは制服みたいなものなのか。それなら、さほど構える事もない。
「それで、孤児院を抜け出してこの街まで来たと?」
「そうじゃありません。と言うか、もうとっくに孤児院は出ています。
これでもちゃんと村で働いている身なんですよ、あたしは。」
「…それは失礼。」
ちょっと想像が足りなかったか。
考えてみれば、確かに彼女の歳なら孤児院は出ていてもおかしくない。
出た後も村で働いているのならば、そのリアジって村は自治体として
ちゃんと自己完結してるんだろう。
とは言え、健全かどうかはまだまだ判断しかねる。そもそも、追っ手が
こんなに早く彼女を捕捉できた事もいささか不思議だ。もしかすると、
何かしらの天恵を使用して居場所を突き止めたりしたんだろうか。
「うーん…」
ネミルも言葉に詰まっていた。
思っていたより話の分母が大きい。家族とか兄妹といった話ではなく、
もし下手すればひとつの村丸ごとと事を構える事態にもなりかねない。
とりあえず、サトキンも現時点ではおとなしい。聞かれて困るような、
ヤバい内情をケイナが話していないという事なんだろう。だとしても、
迂闊に踏み込むとまずい気もする。
思案の時間は、しかし短かった。
「それじゃあ、ケイナさん。」
ネミルの声に迷いはもうなかった。…どうやら、方針を決めたらしい。
それなら俺たちは乗っかるまでだ。さて、どう転がす?
「天恵を得て、何をしたいと考えているんですか?」
「立派になるか有名になるか、その両方か。あたしはもっと目立つ人に
なりたいんです。あんなに小さくて閉じた村の中にいるだけじゃなく、
もっと大きな事がしたいんです。」
おっと。
思いのほか真っ当で野心的な言葉が飛び出した。見かけによらないな。
「つまり、村を出て行きたいと?」
「そんな事は言ってません。むしろ天恵で大物になって、村をもっと
開けた場所にしたいんです!」
「………………」
何だろう。
あらゆる意味で予想を裏切られた。
助けを求めるとか逃げ出したいとかそういうのではなく、ケイナ自身は
もっと前向きな考えで行動していたらしい。大志を抱くためって事か。
そのために働いて得た金を貯めて、ここまで来たって事なんだろうか。
何とも村思う精神にあふれた子だ。ぶっちゃけ応援したくなる。
でも、それならどうしてリアジ村は閉じた環境を維持しているのか。
そのあたりをきっちり把握しないとまずい。考えが一方的になる。
よし。
じゃあ、サトキンにも話を聴こう。