錬金術師の描く未来
チリリン。
「お待たせ!」
「あ、いらっしゃいませ!」
入って来たのは初めての客だった。俺たちと同世代の女性だ。
迷いなくカウンターに歩み寄ると、当然のようにジェレムの隣に座る。
「お疲れさま。店は?」
「ちょっとだけ早く出られました。店長も応援してくれてますから。」
「心強いね。」
ごく自然に言葉を交わすジェレムとその女性の姿に、俺は何か不思議な
感慨を覚えた。率直に言って、このジェレムという男はモテない系だ。
顔や性格が悪いとかではなく、単に女性に縁がないタイプだった。
昔から彼を知っている者としては、やはり思うところがある。
「ご注文は?」
「ケーキってあります?」
「はい。」
「じゃあ紅茶とそれを。」
「少々お待ちください。」
ちょっと声のかけ方をしくじった。
どんな関係なのかを聴くチャンスを逃してしまった。
だけど、さほど残念じゃなかった。…と言うか、あれこれと話す必要は
ないと思えた。口を挟まなくても、カウンター越しに見ていれば判る。
ジェレムと彼女が、どういう関係を築いているのかくらいは。
偉そうな表現かも知れないけど。
きっと俺とネミルみたいな関係を。
「どうぞ。」
「ありがとう。わ、美味しそ!!」
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「じゃあ、また来るな。」
「またお邪魔します!」
「またどうぞー!」
しばらくののち、ジェレムと彼女―ホルナさんは去っていった。
何だかんだと雑談した。
彼女が画材屋で働いている事。
常連のジェレムと知り合った顛末。
絵付けの仕事を目指している事。
そして、ジェレムと共に新たな夢に挑もうとしている事。
語る彼女は嬉しそうだった。何だか少し眩しいと感じた。もちろん、
別に羨んでるわけじゃない。俺たち二人も夢を持ち、この店を開いた。
決してルトガー爺ちゃんへの義理でやってるわけじゃない。ここには、
俺とネミルの未来がある。
ジェレムは独りぼっちだった。親を喪ったってだけじゃない。昔から、
あの男には孤独が影のようにずっと付きまとっていた。子供ながらに
それはよく憶えている。
正直、あの「錬金術」という天恵がジェレムのものだと知った時には、
少なからずホッとしていた。下手な使い方をすれば、社会の仕組みが
ひっくり返りかねない天恵だ。前にネミルに宿った時はそこまで深くは
考えなかったけど、戦争の原因にもなり得る力だろう。
でも、きっと大丈夫だ。
ジェレムなら。
いや、あの二人なら。
「売れるといいよね。」
「そうだな。」
「今度見に行きましょうよ!」
「いいねー。」
ネミルもポーニーも、ジェレムたち二人に不安は抱いてないらしい。
純金のチェルシャを見ながら、俺はちょっと笑いそうになった。
ああそうだ。
これホージー・ポーニー本人の公認グッズなんだな。ある意味、究極の
コレクターズアイテムだろう。原作ファンには垂涎ものだ。
こんな事を呑気に考えられるくらいには、ジェレムたちを信じられる。
何よりの僥倖だ。
さあてと。
もうひと仕事するか。
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どうでした?
やっぱり駄目だったな。
予想通り、一発で見破られたよ。
それでよかったんですよ。
ああ。
さんざん頑張った結果がこれなら、きっぱり諦めもつく…ってもんだ。
金貨の偽造なんて、今にして思えばとんでもない話だったよ。
何だか、可笑しいですよね。
無限に純金を得られる天恵なんて、聞いた限りでは大当たりなのに。
現実的に考えてみれば、お金儲けに繋げるのが何よりも難しいなんて。
そうだよな。
試行錯誤の結果がそれなんだから、まあ笑えるよな、本当に。
だけど、笑えるってのはいい事だ。
ですね。
もし天恵がなければ、あたしたちは出会う事もなかったかも知れない。
こうして話す事も。
馬鹿な事を目論んだおかげで、俺は君に会えたんだ。
もう少し人生を豊かにしたいという目的も、見失わずに済んだ。
ネミルに天恵を見てもらった理由も忘れずに済んだ。
ありがとな、ホルナ。
こちらこそ。
さあてと。
期限は明日いっぱいだけど、今日中に会長に金貨を返しに行くよ。
あ、じゃあたしも一緒に行きます。
ついでに、リサップさんの弟さんのお店にも寄りましょう。
来週にはもう納品だから。
そうだな。
忙しくなりそうだ。
ちなみに、画材屋は?
来月いっぱいまで、という事で話はまとまりました。店長も同僚たちも
大いに応援してくれてます。店から有名作家が出るかも!ってノリで。
そりゃあ責任重大だな。頑張ろう。…よろしく頼むよ?
望むところです。
いい天気だな。
ちょっと回り道して行こう。
久し振りに、ゆっくり空が見たい。
いいですね!
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ありがとう。
俺の天恵。