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ようこそ神託カフェへ!!  作者: 幸・彦
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変わらない世界から

目的は果たされた。

だけど、懸念がないわけじゃない。


トモキがどうなったのか、こっちのあたしたちには分からない。

ローナは向こうの世界のあちこちを覗く事ができるけど、その座標を

動かすって事が出来ない。つまり、救急車を追う事も出来なかった。

今現在、トモキがどこにいるのか。それを探すのは途方もない手間が

かかってしまう。それがローナの、神としての力の限界だった。


それを誰よりも理解しているのは、他でもない「向こうの」タカネだ。

だから彼女は、あたしたちに連絡をしてくれた。つまり事故現場にて、

文字を使ってトモキの容体を詳しく教えてくれたのである。


全治2か月。かなりの重傷だけど、後遺症は絶対に残さないらしい。

「残らない」じゃなく「残さない」と形容するあたり、タカネ自身の

意志を少なからず感じた。

それに対して、ローナはごく簡単なお礼のメールだけを返信していた。

後は任せるよというその文言には、交流はここまでという意思を確かに

感じた。もうこの先、向こうにいる人たちとは関わらないって意志を。


その理由は、あたしにもそれなりに想像が出来た。


トモキが去っていったこの世界で、残されたタカネが何を選ぶのか。

向こうに行ったコピータカネでも、それはそこそこ想像できるだろう。

その一方、向こうのタカネが想像も出来なかった事がひとつだけある。


拓美さんの現出だ。

正直これだけは、誰一人として想定していなかった。むろんあたしも。

向こうの世界でそれは許されない。仮に技術的に可能だったとしても、

既に向こうの世界の「荒野拓美」が誕生している以上、許されない。


向こうにいるタカネにとって、拓美さんはもう旅立った存在である。

宇宙に旅立つ彼女を見送ったタカネは、もう別の拓美さんを求めない。

そしてあたしたちは、彼女の意志を貶めるような事は絶対にしない。

あたしたちだって、タカネの旅立ちを見送った立場なのである。なら、

色んな事を呑み込んで受け入れる。あたしたちになら、出来るはずだ。


【それじゃあ、さよなら】


最後に向こうのタカネが掲げたその記述に、少し泣きそうになった。

だけど、それでいいんだと思った。あたしもトランも、店のみんなも。


さよなら、タカネ。



幸せに生きていってね。


================================


とは言え、タカネがここにいるって事実もまた揺るがない。何と言うか

ややこしい。頭がこんがらがるよ。本人はケロッとしてるんだけどさ。


そして拓美さんだ。


「とにかく世界を知りたいんで!」


鼻息荒く言った彼女は、とりあえずこのイグリセを見て回る事にした。

もちろんタカネと一緒に。けっこう長旅になるだろうなと思ったけど、

1日おきに帰ってくるという非常識な道程になった。…タフだなあ。

交通機関も宿泊施設も使わず平然とそれを成す様子は、あたしたちより

ローナに似ている。タカネの相棒という肩書きは、やはり圧倒的だ。


そして彼女は、目標を定めた。

ちゃんとした住まいが欲しいので、あの廃教会を買い取りたいと。

意外な話だったけど、不思議なほどすとんと受け入れられた。正直、

ロナモロス教にはもう悪い印象しかない。それなら、あの未練がましい

廃墟も無くしてしまった方がいい。お爺ちゃんだって分かってくれる。


「だけど先立つものがないよね。」


目標をぶち上げてから、そういった現実的な問題を口にする。それが、

拓美さんという人間らしかった。

何でも彼女、もともと不動産会社を経営する家に生まれたんだとか。

だからこそ、地権問題はきっちりとクリアしたいという話だった。


ぶっちゃけ、あの廃教会をわざわざ買い取ろうなんて人はほぼいない。

天恵宣告が廃れた事に対する一種の後ろめたさが、あれを残してきた。

ならばもう、そんなしがらみを全く持たない人が変えてしまえばいい。

あたしとしても大いに賛成だった。


「というわけで、お金を稼ごう。」


…実に単純な論法だけど、この人が言うと何だかとんでもなく思える。

どうやって稼ぐのか、何を言い出すのか。怖いけどワクワクするなあ。


「そのためにも世界を見てきます。考えるのはそれからって事で!」

「それでいいと思いますよ。」


呆れ顔のトランも、笑って答えた。

どうせ突拍子もないきっかけでこの世界に来た人だから、自由でいい。

ローナとの付き合いが長いせいで、あたしもそんな考えに染まってる。

染まってる事を悪いとも思わない。


未来の事なんて、何ひとつまともに考えてなかった。

少なくとも、18歳の頃までは。


お爺ちゃんが亡くなって、トランと一緒に生きる道を選んで。

神託師の力と責任を得て、天恵宣告に伴う難題にも向き合ってきた。

予想外ばかりの人生を、今になって悔いたり省みたりはしない。ただ、

ちゃんと前を向いて歩むだけだ。


そう、これからもね。


================================


世界は大して変わっていない。


ネイル・コールデンやロナモロス教が好き勝手にかき乱したけれど、

それで変わった事なんてわずかだ。相変わらず天恵宣告は廃れている。

マルコシム聖教を復活させる気運が高まっているものの、どうなるかは

まだまだ未知数だ。


教皇女ポロニヤとネクロスたち。

ミクエ・コールデンとウルスケス。そしてオレグスト・ヘイネマン。


あの人たちが、これからどういった未来を模索していくかも判らない。

すでに聖都グレニカンでは大規模な変革が始まっているらしいけど、

その中心に誰がいるのかについてはあえて触れないようにしている。


教皇女たちもミクエたちも、結局はネイルに翻弄された身だ。そして、

ネイルは未来なんかまともに見てはいなかった。ただの破滅希望者。

あのまま放っておいても、いずれは何らかの形で己もロナモロス教団も

破滅に向かっていただろうと思う。そしてもう、その事に感慨もない。


みんな、きっと分かっている。

いや、何かを成そうとする道の上できっと気付くはずだ。


何をするにしても、そんなに簡単に結論も成果も出ないって事に。


世界は、想像以上に広くて大きい。今日に至る日々の中で、あたしも

それを否応なしに痛感した。そして多分、そう簡単には変わらない。

どれほどの人が望もうと、そんなに簡単に変えられていいはずがない。

たとえどんな天恵を持とうともだ。


あたしたちが生きている間に、その変革が成されるかどうかは不明だ。

誰がどういう未来を掴むか、それは後世の人にしか判らない事だろう。

顛末を見届けられるのは、それこそローナやドルナさんたちだけだ。


だからあたしたちは、今という時代を焦らず迷わず歩んでいくだけ。

美味しいコーヒーを淹れて、様々な人の人生をほんの少し豊かにする。

神託カフェって、案外そういう風に気楽に捉えていいのかも知れない。

本当に手探りで始めたお店だけど、今になってようやく方針が見えた。

きっとそれは、いい考えのはずだ。


とんでもない人たちは、相変わらずオラクレールに集っているけど。

だからと言って、とんでもない日常を当たり前だとは考えたくない。

普通とは違うなら違うなりに、ごくささやかな幸せを探せばいいだけ。

あたしはそうして生きていきたい。


ねえ、お爺ちゃん。

あたしも少しは大人になったよね。


ようやく、平穏な日々が訪れた。

出せるコーヒーにも、そこそこ自信をもてるようになってきた。



そんな幸せな世界から。




トランが



いなくなった

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