骨身を惜しまず
え?
いやいやそんな訳ないじゃん。
あたしはプログラマーじゃないし。
確かに、あなたのプログラムを実行したのはこのあたしだけどさ。
あの膨大なデータの中から、特定の人物を抽出するなんて絶対に無理。
それこそあなたレベルの演算能力がない限り、不可能でしょ。
それに、それはあなたの記憶でしかない。そこから人格を組み上げる…
なんてのはそもそもナンセンスよ。仮にどうにか形になったとしても、
そんな中身のない愛玩人形なんか、あなたが認めるはずもない。
やるなら、あなたと同じでないと。
そう。
つまり本人の人格と記憶を徹底的に再現したプログラムよ。
それも、今のあなたの存在を完全に理解できるであろう時間軸のね。
ええそう、その通り。
あなた自身が存在した世界、つまり「ハングトン時空」の彼女は無理。
トモキがこっちに来た時点で、あの世界は過去しか見られなくなった。
宇宙に旅立った彼女を捕捉するのは不可能じゃないけど、過去の時点で
そんな干渉をするのは危険過ぎる。いくら地球を離れていたとしても、
バタフライエフェクトは侮れない。それで世界が崩壊するなんて展開は
絶対に願い下げだった。
だから苦労したんだって。
あなたが最初に存在していた世界の彼女なら、今では世界同士の干渉が
無いからほぼ問題はない。だけど、アクセスする方法自体がなかった。
どうしてかって?
そりゃ考えなくても分かるでしょ。
そもそもあの世界には、パソコンでメールを送れるガジェットがない。
魔法が幅を利かせてる世界だから、そんなテクノロジーは存在しない。
あたしが異世界にアクセスする方法はノートパソコンだから、ちょっと
難しかったのよね。
そう、その通り。
彼女の本体が収まってる衛星軌道上の宇宙船なら、アクセスできたよ。
実際、そう考えないでもなかった。
だけど、そこで気付いたのよ。
そっちの宇宙船と比較して、もっとアクセスが確実な個体がいるってね。
そうそう。分かってるじゃん。
置換転移魔法で地球に転移した後、もう一度新世界を目指して旅立った
三人乗りの宇宙船よ。本人の認識は「二代目」だったよね確か。
あたしは、そっちにアクセスした。
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いやあ、本当にびっくりしたよ。
気長な宇宙の旅の最中に、異世界の神様からのメールが来たんだから。
あたしやリータはもちろん、タカネさえかなり驚いてたしね。
まあ、究極のヒマ人だったからさ。あれやこれや話を聞いたわけよ。
「ローナ時空」の事とか、純さんが「荒谷」の姓になっていた事とか。
で、あなたがミロスの協力を得て、友樹君について行った事を知った。
さすがにぶったまげたよ、ホント。
メールをもらった時、まだそっちはヤマンに入って間もない頃だった。
依然として厳しい状況の中、彼女はあたしたちにアクセスしてきた。
どうしてかって?
あたしが言っていいの、ローナ?
いいんだ。アバウトだなあ。
もちろんあたしたちには、そっちの問題に干渉する資格なんてない。
どう足掻いても届かない世界だし、だからこそローナも接触してきた。
自分が関わってもいいくらい、遠い世界だと分かっていたからね。
ローナがあたしたちに求めたのは、まさに今のこの状況への協力だけ。
あたしという「存在」を招きたい。その手伝いをして欲しいって事。
そう。
最初に言った通り、あなたと同じ。転生という方法を使わずに、世界を
飛び越えてそっちに現出する。
もちろん、サプライズだよ。それは最初からローナも決めていた。
だってそうでしょ?あたしの存在は強力な助っ人にこそなり得るけど、
きっとあなたは怒るだろうから。
そんな事に拓美を巻き込むなとね。
だから相談して決めたんだよ。
こういう形にしようってね。
悪くないでしょ?
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まあまあ、むくれなさんなタカネ。らしくないよ。
いや、らしいとも言えるのかな。
どっちが先に言い出したって事でもない。四人で話すうちに決めた事。
友樹を送り返す事ができた時点で、タカネ自身に決めてもらおうって。
彼女が、拓美ちゃんがそんな提案を承諾してくれたのは嬉しかったよ。
ああ、尊重してくれるんだなって。
今さらな話だけど、本当にいろいろあなたには助けてもらったからね。
報いる形は、これしかなかった。
だけど、勘違いしないでね。
あたしは決して、目標達成のご褒美なんて感覚でやったわけじゃない。
何で先にやらなかったのかという、問いに対する答えも持っている。
あなたと拓美ちゃんが、一心同体だという事はよく聞いて知っている。
それこそ、あなた自身からね。
だけど、揃っていればいい…というだけの関係とは思いたくなかった。
友樹を送り返すという目的が明確にあったからこそ、それを成した後の
世界をあなたに選んで欲しかった。この世界を「ついで」には絶対に
して欲しくなかった。
短い期間だったけど、力を合わせてあれだけの事を成したんだからさ。
少なくともあなたには、己の意志で世界を判断して欲しかったのよ。
あたしたちが望むだけじゃなくて、あなた自身が正直に決めていいと。
拓美ちゃんも、その選択でコピーのプログラムが一緒に消滅する事は、
構わないと言ってくれてた。それがタカネの選択なら文句ないってね。
結果はこの通り。
どうよ。
あたしの読みもなかなかでしょ?
………………
ああっ、ゴメンゴメン!
そんな怒らないでってば!
調子に乗るなって?
ごもっとも、反省致します。
ごめんね、タカネ。
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ま、そんな感じよ。
今さら異世界だ新世界だと、そんな話に及び腰になるあたしじゃない。
拓美ちゃんはどんな時だって、己の意志で世界を股にかけるんだよ。
その先にあなたがいるというなら、迷う理由なんか何ひとつない。
こんな裏ワザを使ってでも、絶対にあなたの許まで辿り着く。
ねえタカネ。
観に行ったんだってね、あの瞬間。
何の話かって?
ジアノドラゴンだよ。
メルニィが襲われるのと前後して、あたしが現出したあの瞬間を見た。
あれを見たからこそ、ローナはこのあたしの体の構造を完全に掴んだ。
得難い経験だったってさ。
やっぱりそうか、信じられないか。
だよねえ。あたしもそうだもん。
だけどその観測が、最後の決め手になったのかも知れないよ。
そう考えれば、運命なんて言葉さえ頭に浮かんでくるからね。
だから言っておく。
あたしに後悔なんか、似合わない。
ここに来た事に、憂いなどもない。
タカネのある処、荒野拓美あり!
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「ああ、本物のオラクレールだ!」
「本物?」
何だ本物って。
「どういう意味ですか?」
「前に、VRで再現されたお店には行った事あったんですよ。だけど、
やっぱ本物は違いますねえ!!」
「…はあ、なるほど…」
分からん。
だけど少なくとも、ここに来た事に大いに意味を見出してるらしい。
とりあえず、それだけで十分だ。
荒野拓美。
タカネから聞いていた通りの子だ。
突拍子もないけど、彼女が来るのは予測できていたような気もするな。
俺の店って、そういう場所だから。
さあてと。
何はさておき、俺はここから入る。
いつでも誰にでも、俺が訪れた人に告げる言葉はこれしかない。
俺は、そういう人間なんだから。
「ご注文は?」




