選んだキーの向こう側
この状態にも慣れたな。
もともとナノマシンだったからか、順応は早かったように思う。
ディスプレイ越しにも、トランたちみんなの顔が判る。そこに浮かぶ、
感情までも読み取れる。いやはや、歳月ってのは本当に軽くないなあ。
自己進化も極まってるよホント。
…いや、本当にそうかな。
確かにタカネという存在の体験した「時間」は途方もなく永いけど。
あたし自身の時間は、どうだろう。
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あたしは、友樹の記憶の中にあったプログラムが具現化したタカネだ。
見方によっては、その瞬間からしか存在していないとも言えるだろう。
そう。
いくら鮮明に憶えていようとも。
いくら想う気持ちを持っていても。
あたしは、実際に拓美に会った事がない。それもまた現実なのである。
だからって、自分がまがい物だとは微塵も思わない。そもそもタカネは
多く在ってこそのナノマシン由来の存在だ。こんな個体がいてもいい。
今さらそこで悩むあたしじゃない。
だけど。
現出した経緯の特殊さを鑑みても、つくづくあたしはニッチな存在だ。
未来の悲劇を予知したミロスの言葉を信じ、友樹を救うため入力された
コピー。あたしの存在する理由は、ただひたすら友樹を救う事だった。
それが成された今、もうあたしには存在を維持する理由などないんだ。
あたしは、拓美を知らない。
彼女の事を憶えてはいても、触れた事など無い。言葉を交わした事も。
拓美もまた、あたしというタカネを知らない。知る日はもう来ない。
向こうの世界に戻ったあたしの記憶は共有されるだろうけど、やっぱり
宇宙にいる拓美にまでは届かない。
…ここまで隔絶されてるタカネも、ある意味かなりレアなのかもね。
ならばもう、思い残す事などない。あらゆる意味で終わっているんだ。
これから先、もし友樹を守る使命が生じるとしても、それは向こうに
ついて行ったあたしがやればいい。同じ存在だから、何の問題もない。
この世界の思い出語りの相手にさえなれる、理想的なサポーターだ。
そうだよね。
友樹が去った今、あたしという存在がここに残っている意味なんて
なにひとつ
無いと
絶対に思わない。
あたしは
あたしだ!!
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『分かった。』
自意識過剰じゃない。ローナのその声は、明らかに嬉しそうだった。
かつて経た時間と比べればごくごく短いけど、それでもあたしはここで
時間を重ねたんだ。ローナの声から機嫌を察する事くらい、朝飯前だ。
そう、トランたちもね。
短い期間ではあったけど。
あたしはここで、確かに大きな事を成した。あのジアノドラゴンにさえ
再び会う機会を得たんだ。…いや、再びってのは語弊が…もういいや。
デリートキーひとつで消せるほど、ここでの記憶は軽いものじゃない。
あたしはあたしを誇る。
コピーだろうと何だろうと、ここにいた事を誇りに思う。
そうでしょ?
ねえ拓美。
あなたなら、きっとそうするよね。
確信持ってもいいよね。
あたしだって、タカネなんだから。
間違いなく、あなたを心から愛したタカネの一人なんだからさ。
自分を認めても
いいよね!
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「それじゃあ、ポチッとな。」
エンターキーが押されるおなじみの感覚と共に、あたしは現出する。
初めてここに来た時と同じ、何とも不思議な感覚だ。
ああ、みんな笑ってるなあ。
トランもネミルもポーニーも。
モリエナもランドレもペイズドも。
フレドも。
そしてローナも。
あたしは、あたしが好きだから。
そして、ここが好きだから。
たとえ拓美がいなくても。
あたしはここで、笑って生きるよ。
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タン!
床を踏みしめる感触が嬉しかった。
ここに戻る選択をした自分が。
独りよがりな消滅を望まなかった、自分の心が嬉しかった。
世界が違うから何だ。
そんなの、見切りをつける理由にはなり得ない。しょうもな過ぎるよ。
だからあたしは笑う。
みんなと一緒に。
そう。
こんな風に…
………………
ん?
何?
ってか、どこ見てるのみんな?
あたしの後ろに何かあるの?
何その顔?
いったい、何を見て…
刹那。
空気の流れを感じたあたしの肩に、柔らかな手が触れたのを感じた。
知らないけど、知っている感触を。
「おっはよう!!」
その声は、すぐ背後から聞こえた。
耳にした瞬間、誰なのかを察した。
涙は流さなかった。
だけど、笑みは溢れた。
ほんのちょっと、悔しくもあった。
すぐ目の前で笑っているローナに、してやられたという悔しさだ。
あなた、あたしを試したわね?
ここに残るかどうかを。
何も言わずに選ばせたわよね?
まったく、なんて神様だか。
おふざけにも限度があるって話よ。
デリートかエンターか
終焉か未来か
キーひとつで決まる、最後の選択。
だけど、確信があったんだろう。
でなきゃ、そんな笑い顔には絶対にならないはずだ。
いや、どっちかと言うとドヤ顔か?
悪い神様だなぁ、本当に。
気まぐれで。
いい加減で。
妙に律儀で。
そう。
彼女は、あたしの友だちだ。
だからこそ。
今。
この瞬間。
これが感謝の形なのね。
ありがと!!
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ゆっくり振り返った、あたしの目に映った顔。
初めて見るけど、知っている顔。
そうだ。
彼女だ。
「はぁい、拓美ちゃんでーす!!」
そうそう。
そんなノリだよね、あなたって。
知ってるよ。
誰よりも。
あたしは、彼女を抱きしめた。
顔いっぱいの笑顔が懐かしくて。
その感触が愛しくて。
背に回された手が嬉しくて。
だけど、泣きはしなかった。
ただ笑い合っていた。
彼女と。
荒野拓美と一緒に。
窓の外の空は、晴れ渡っていた。




