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ようこそ神託カフェへ!!  作者: 幸・彦
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彼女だけの選択

しばし、誰も何も言わなかった。

何とも不思議な沈黙だった。


気まずいわけじゃない。

落ち込んでいるわけでもない。

誰かと誰かが険悪なわけでもない。


ただ、何か言うのがはばかられる。そんな思いを皆が共有している。

正確に言うと、二人を除く皆がだ。


トモキは、無事に向こうの世界への帰還を果たした。いや、無事という

表現にはかなり語弊があるけれど、とにかく目標は達成できたんだ。

重傷を負っているといっても、彼の傍にはタカネがいる。だったらもう

俺たちには信じる事しか出来ない。それは分かっている。俺もネミルも

そしてペイズドさんに至るまで。


みんな分かっている。

分かっているからこそ、避ける事の出来ない現実を実感しているんだ。

だけどやっぱり、答えを知りたいと明言したくない。もちろん、俺も。

それぞれ精一杯力は尽くしたけど、俺たちはやはり非力だ。だったら、

もう判断は任せるしかない。半端な事は言いたくない。


そう。



タカネとローナに。


================================


「タカネ。」


長いようで短い沈黙を破ったのは、やはりローナだった。その口調は、

いつもよりも少しゆっくりだった。


『ん?』


タカネは実体に戻っていない。

ノートパソコンに取り込まれたまま短く答える。

俺たちは、息を詰めていた。


「色々ありがとね。」


やはりローナの声は、いつも以上に優しい響きに満ちていた。


「あなたがいなければ、こんな事は絶対に出来なかった。恵神だろうと

何だろうと、どこかで行き詰まって無力を噛みしめるだけだった。」

「………………」

「あんな方法で世界の壁を超えて、あなたはその力を尽くしてくれた。

感謝してもし切れないよ。」


らしくない言葉だなと、そんな浅い冷やかしを入れる気にはなれない。

ローナの言葉は、俺たちの気持ちを代弁するものでもあるんだから。


そうだ。

今日に至るまでの全ては、タカネがいてくれたからこその快挙なんだ。


トモキだけじゃない。

モリエナやランドレやペイズドさんを救えたのも。

ゲイズやシャドルチェを撃破できたのも。

キッチンカーでの楽しい旅も。

ロナモロス教団の撃滅も。


彼女無しでは成し得なかった事だ。

ただ強いだけじゃない。

タカネがタカネであったからこそ、俺たちはここまで来れたんだ。


だから。



俺たちに、わがままは言えない。


================================


「どうする?」


黙ってしまったタカネに、ローナはあくまでも口調を変えずに問う。


「あなたは、トモキを助けるためにこの世界まで来た。その目的は今、

果たされた。」

『そうね。』


ごまかしなどないローナの言葉に、タカネが短く答える。その口調に、

感情を見出す事は出来なかった。


「あたしもトランたちも、あなたの意思は尊重したい。用が済んだから

どうって話じゃなく、本当の意味であなたの選択を信じたい。」

『ありがとう。』


「………………」


ふと気配を感じてすぐ隣を見れば、ネミルが涙を浮かべていた。

何か言いたいのを必死にこらえて、ただ二人の言葉を受け止めている。

俺は思わず、その肩を抱いた。


そうだよな。


言いたい事はいっぱいあるだろう。それは俺もみんなも同じだ。

でもやっぱり、ネミルの抱く感慨はひとしおなんだろう。


トモキがこの世界に転生したのは、間違いなくディナの天恵が原因だ。

本人が自覚していないのがどうにも憎たらしいけど、それは仕方ない。

そしてトモキがこんなに早く転生者として「目覚めてしまった」のは、

間違いなくネミルが原因だ。ほんの出来心で天恵を見てしまったのが、

今日に至る試練のきっかけだった。


フレドという存在を消してしまう。そんな恐ろしい事態を避けるため、

俺たちは挑戦した。厄介極まりないロナモロス教団を相手に、ひたすら

無茶を続けてネイルを探し求めた。救いのない戦いにも直面した。


何もかも自分のせいだとか、そんな事を考えてたわけじゃないだろう。

ネミルはそこまで卑屈じゃないし、失態を犯したなら努力で取り返す。

そんな人間だという事は、夫である俺が一番よく知っている。


俺たちには手に負えない難局でも、タカネはいつも何とかしてくれた。

挽回したいネミルにとって、彼女のサポートは心強かったんだろう。

だからこそ、ネミルはいちいち礼を言う代わりに力を尽くしていた。

できる事は少なくとも、多くはない「できる事」に全力で臨んでいた。


そんな日々が今日、終わったんだ。


言いたい事があるのは決してネミルだけじゃない。俺にだってある。

モリエナたちにだってあるだろう。顔を見ればすぐに判る。

みんな言いたいんだよな。


ここにいて欲しいと。



だけど、それだけは言えない。


================================


無理だからって話じゃない。

俺たちの常識を色んな意味で超えているけど、タカネがどんな存在かは

それなりに理解している。そして、彼女が何を思って存在するのかも。


異世界からの来訪者。


【偉大なる架け橋】の天恵を知った今は、想像を絶する存在じゃない。

ましてやディナは、その天恵の力でトモキを身ごもった訳なんだから。


だけどタカネは、俺たちの住むこの世界の摂理からは外れた存在だ。

天恵ではなく、自分の知恵と力とを駆使してトモキについて来た。

強さや万能性ではなく、その唯一性こそがローナの認めている点だ。

だとすれば、俺たちが彼女の選択に意見する事は許されないだろう。


出来ないって意味じゃない。これはあくまで、彼女がどんな人なのかを

知っているからこその線引きだ。


彼女がこの世界に留まっていた理由は、ただ純粋にトモキに帰結する。

彼を元いた本来の世界に戻すという難題こそが、彼女の全てだった。


それをなし終えた今のこの世界に、タカネを繋ぎ止めるものはない。

限りなく言葉通りの純粋な意味で、彼女はもうここには「用がない」。

俺にもネミルにも、タカネをここに繋ぎ止められる言葉は紡げない。


そして。


「どうするかはあなたが決めて。」


ローナの言葉には、抗えないほどの厳然たる意志があった。


付き合いが長いから理解している。

己をプログラムに変えてここに来たタカネは、存在としては異質だ。

今の状態ならばおそらく、ローナのキー操作ひとつで決着にまで至る。

それこそ指先操作ひとつで、タカネという存在は跡形もなく消滅する。


その指先操作は、限りなく重い。

この世界の神として、ローナはその重い操作ひとつを引き受けたんだ。

プログラムを実行した本人として、最後の責任も果たすつもりでいる。

俺たちに、口出しなどはできない。これはもう、神同士の決着だから。


汗がにじむのを感じた。

神と神の会話だという思いが、今になって途方もない意味を孕む。

俺の喫茶店、本当にとんでもない。


だけど。

俺たちの思いは限りなく単純だ。


なあ、タカネ。


楽しかったよな、今日までの日々。

そう思ってくれるよな?


だったら俺たちは、受け入れるよ。



あなたの、俺たちへの選択を。

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