夜の談話室で
う…うぅ…
友樹!!
気が付いた!?
大丈夫か!?
………………
お父さん。
お母さん。
よかった…!!
………………
心配かけてごめん。
大丈夫だから。
ああ、本当に良かった!
ゆっくり休め!
もう心配ないから!
………………
うん。
ありがとう
それと
………………
ただいま。
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数分後
入院病棟東端の談話室にて
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ねえタカネ。
うん?
もしかして、これがそうなの?
ええ、そうみたいね。
ちょっと。
何の話よ。
もしかして二人とも知ってたの!?
友樹がこんな事になるって…!!
落ち着いて、環。
ちゃんと説明するから。
もう遅いから、静かに話そう。
…分かった。
じゃあ聞かせてよ。
ちゃんと納得できるように。
分かった。
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………………
マジで言ってんのそれ。
あの子がそんな世界に…?
ええ。
さっき詳しく訊いた。
誰から?
友樹と一緒に戻った、あたしから。
もしかして、あのぬいぐるみの事?
何か掴んでブツブツ言ってたけど。
そう。
救急に電話したのもその分体よ。
向こうの世界で体を作って、かなり色んな事をしてきたみたいね。
マジかぁー。
それってあっちじゃないんだよね?
ええ、本当にあたしたちの知らない別の世界よ。
なかなか興味深いわね。
ちなみに、どのくらい行ってたの?
1年にちょい足りないくらい。
そんなに!?
で、あたしの時と同じように…?
その通り。
事故の瞬間に戻るしかなかった。
で、あたしが致命傷を治した。
マジかぁー。
………………………………
あれ、でもちょっと待って。
転移したって事はホラ、もしかしてまたあの時みたいに…
等在の理は心配しなくていい。
友樹もあたしも肉体を持たずに転移してきたから、重さのある何かを
向こうに放逐する事はあり得ない。さすがにそこは忘れてないから。
ならいいんだけど。
だけどさあ…
知ってたの、ミロス?
ええ。
って言うか、友樹が生まれてすぐの頃に、あたしがタカネに頼んだの。
いつかこんな事があるかも知れないからってね。
ええー…
もしかして未来予知とか?
あなた、そんな力もあったの?
そういうんじゃないと思うよ。
誰かに教えてもらったというか…
正直、よく分からない。
ああ、それね。
本当に教えてもらってたのよ。
向こうで本人から聴いたみたい。
本人?
本人って…誰?
ホージー・ポーニー。
それとラス。
ラス!?
ラスって、ラス・パランバ!?
4組の!?
まさにそのラスよ。
まあ本物じゃなくて、以前あなたが書いた小説の中のラスね。
それがポーニーに…
ちょ、ちょっと待って。
理解が追いつかない。
小説の中のラスって何?
それと、そのポーニーって誰?
……あー、うん。
そうだろうね。
あたしも完全には理解できてない。さっき聴いたばっかりの話だし。
今はいいよ。
う、うん。
そうよね、うん。
………………
それで?
あなたはどうなったの?
あたし?
その、さっきのぬいぐるみよ。
アレってつまり、こっちに来てから構成した体というか…器なのよね?
そう。向こうでも同じ形態で友樹をサポートしてたってさ。
じゃあ、もう一体化したの?
いや、それはやっぱり無理だった。
向こうで本当に色んな経験をして、自己進化も劇的に進めてるから。
検証するまでもなく、無理だった。
じゃあどうするの?
まあ、あのまんまかな。
さっきも言ったけど、向こうにいた時は一緒にいてサポートしてた。
あの姿でね。だったら、開き直ってしばらく同じようにサポートする。
怪我の事もあるからね。おそらく、友樹本人もそれを望むと思うよ。
そっか。
なるほどね。
でも、それで本当にいいの?
え、何か気になるの環?
ええ。
だって昔、糸崎君と一体化して地球に放逐されたあなたは、戻ろうとは
しなかったじゃない。あの絶望的な地球に残ってでも、元には戻れない
現実と折り合いをつけていたのに。
ああ、確かにそうだったわね。
向こうのあたしの抱いていた苦悩の深さは、それなりに理解できるよ。
拓美を思えばこその決断だったって事もね。
だけど、今はあの時とは違うのよ。
どう違うの?
どっちの世界にも、拓美がいない。
それが決定的なのよ。
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あたしたちタカネに必要なのはただひとつ。納得だけだったのよ。
訳も分からず地球に放逐された分体には、何ひとつ納得などなかった。
だからこそ生きる道を、帰還できる道をとことんまで模索していった。
だけど、あたしやあのぬいぐるみのタカネは全然違う。
拓美がいないって現実を受け入れ、その上で在り続けている。
こっちの拓美が大きく成長しても、それが拓美じゃない事も知ってる。
知った上で折り合いをつけている。それがあたしって存在だから。
かつてあたしを愛してくれた拓美に対し、堂々と己を語れる。あたしは
そんなタカネで在りたいと、ずっと思ってる。それがあたしの矜持よ。
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…そっか。
やっぱりそうなんだよね。
だからこそのタカネなんだよね。
意地悪な質問だけどさ。
何?
やっぱり、今でも寂しいの?
もちろん。
拓美は、あたしのという存在の一部だったからね。
会いたい気持ちが消える事はない。これからもずうっとね。
ここにいる拓美を支えるってのは、あたしの生き甲斐でもある。
でも、それは決して、本来の拓美の代わりにするって意味じゃない。
拓美が地球を去るという選択をしたきっかけは、確かにあの子なのよ。
だからこそ、あたしの傍らに拓美がいないという現実は受け入れてる。
それこそがあの子の意志だからね。
これは決して強がりじゃない。
会いたいと思い続けている自分も、あたしは誇りに思っているからね。
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ううん…
やっぱり、あたしたちにはちょっと想像できない感覚だよねミロス。
そうね。
でしょうね。
こればっかりは、拓美にしか本当に理解できないだろうと思うよ。
あの子はいないけど、あたしは今のこの世界で十分に幸せだからね。
あなたたちもいてくれるから。
そっか。
そうだよね。
だけど…
だけど?
友樹を守り続けてくれたあなたは、向こうに残ったんだよね。
こっちに来たのはデータだけで。
ええ、そうみたいね。
だとしたら、どう思うんだろう。
タクミのいない世界で、友樹を守り送り返す務めを完遂して。
そしてあなたはどう思うんだろう。
………………
なるほどね。
ぬいぐるみはコピーだからね。
さすがにそれは分からないなあ。
やっぱり分かんないんだ。
それはそうよ。
同じタカネでも、融合できないほどかけ離れた分体の心は想像の外よ。
あたしには分からないし、分かると考える方が失礼だって事。
………………
何を選ぶんだろうね。
向こうのあなたは。
………………………………………………
壁一面に設けられた大窓から見える街灯りに、三人は視線を向ける。
こことは違う、自分たちの知らない世界。ずいぶん懐かしい話だ。
それが今、現実として存在する。
思いを馳せるに相応しい、とっても静かな夜。
昼間の喧騒も遠い。
………………
訊いてみたかったなあ。
あなたの選択を。
環とミロスは、奇しくも同じ思いを抱いていた。




