僕はもう一度
光を感じた。
見えたんじゃなく、感じた。
何もないこの虚無の只中に、小さな光を感じ取った。そして同時に、
それが最後の選択なんだと悟った。
何かは分からない。
だけどこの光は、タカネさんが僕の肉体の何かに干渉した結果なんだ。
これを僕が掴めば、おそらくそれが合図になる。停まっている時間が、
その瞬間に動き出す。
そこまでを感覚で悟ったとすれば、ここから先は知識で予想できる。
来る前に散々聞かされていた事が、その瞬間に始まるんだろうなと。
「致命傷を負った」という現実を、死を覆した上でもう一度体験する。
おそらく、想像を絶する苦痛を伴う事になる。
何だろうな、これ。
ここに来てもう一回、自分の意志で決めろって事なんだろうか。
ヤだなあ、そんなの。
注射とか痛い治療とか、そういうの勢いでやってしまうのが普通だよ。
何でわざわざ本人が、最後の覚悟をもう一度決めなきゃならないんだ。
度胸試しとか根性試しとか、そんなノリなんだろうか。それとも…
………………
おい僕。
ゴチャゴチャ言ってるなよ。
しまいにタカネさんに怒られるぞ。
向こうのみんなにも怒られるぞ。
よおし。
ドンと来い!!
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瞬間。
「うわっ!?」
叫ばずにはいられなかった。
真っ暗だった世界に、もの凄い数の文字が一気にあふれ出したからだ。
とても目で追えないけど、とにかく何なのかはかろうじて理解できた。
要するに、プログラムだ。
空間全体をディスプレイと化して、超高速で書き換えが成されている。
何のプログラムなのかって?
そんなの、考えるまでもない。
僕の頭の中のタカネさんだ。つまり向こうの世界の僕の頭の中にある、
タカネさんの記憶と人格が書き換えられている。ここが僕の意識だと
するなら、頭の中で起こってる事が目に見える形で現れた…って事だ。
ゾクッ!!
いきなり寒気がした。
体温が低下しているという実感が、何の前ぶれもなく全身に満ちた。
全身?今まで意識だけの存在だったはずなのに、いきなり体の感覚?
…そうか。
吐き気を覚える悪寒と同時に、僕はこの現象をはっきりと理解した。
自分が、死につつある現実を。
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鮮明に理解できてしまった。
あの書き換えが実行された瞬間に、僕という存在は体に戻ったんだと。
ノートパソコンに何度も表示されたあの瞬間が、過去の映像ではなく
僕にとっての現実に戻った。だから「僕の」時がまた流れ始めたんだ。
時が流れるという事は。
心肺停止した肉体が、体温を失って生命活動を終える事を意味する。
酸素が送られなくなれば、脳はその機能を永遠に失う。
まだ痛みは来ない。
どんどん冷えていく感触だけ。
最初の時には感じ得なかったのは、魂が既にもう抜けていたからだ。
今ここに至り、僕はすごい時間差で自分の死を追体験してるんだ。
待ってくれ。
ちょっと待ってくれ。
冗談じゃない。
僕は死にたくない。
死にたくないんだよ!!
それが
『分かった分かった喚くなって。』
いきなり鮮明な声が聞こえた。
まぎれもない、タカネさんの声が。
『喚くのはこれからだよ』
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ズキィィィィンン!!
またしても前触れなく、僕は全身の感覚を取り戻していた。ちっぽけな
意識体ではない。赤ん坊でもない。間違いなく、15歳の自分の体を。
「グアァァァァァ…ッ!!」
悲鳴はかすれて、ほとんどまともに響かなかった。何とか開けた目に、
頭上の月が妙に赤く見える。いや、視界そのものが赤黒くなっていた。
痛い痛い痛い痛い!!!
待ち望んだはずの痛みは、想像など遥かにぶっちぎって襲い来た。
意識が飛びそうな激痛が絶え間なく腹部を、そして腕と足を責め苛む。
胸部を強打したせいか、悲鳴すらもまともに上げられなかった。
そして何より、頭が痛い!!
この痛みは傷によるものじゃない。頭が内側から爆発しそうな感覚だ。
これが何なのか、痛みに苛まれつつ一瞬で理解した。
おそらく、モリエナさんと同じだ。
書き換えられたタカネさんの情報に頭が悲鳴を上げているんだ。
どうする事もできない激痛が、僕の意識を削り落とそうと押し寄せる。
今ここで気を失ったら、冗談抜きで二度と目覚めない気がする。
ショック死とは少し違うけれども、そんな屈し方はまっぴらごめんだ。
だから耐えろ僕!
今求められるのは、ただ死なない事だけ。本当にただそれだけだ。
この瞬間の僕の魂は、もうとっくに向こうに行ってる。これから生まれ
そして天恵宣告を受ける。それは、もう何もかも決まってるんだ。
もう一度行く事なんて出来ないし、誰ひとりそんな事は望んでいない。
だから踏みとどまれ僕!!
生きている事を、どうにか示せ!!
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その瞬間。
まるで人の形の牢獄のようだった、自分の肉体をはっきり認識した。
ショック死に抗いながら、恐らく無事だったらしい右手に集中する。
他はいい。とにかく右手を動かせ!
向こうの世界には、音が届かない。
トランさんたちは、おそらく固唾を飲んで僕を「見て」いるはずだ。
あのパソコンのディスプレイに映る僕に、何かの証を求めている。
だったら、僕が伝えるんだ。
僕がここに戻った事を、何とかして伝えるんだよ!!
………………
動いた!
激痛に耐え、震える右手を掲げる。
ほとんど見えないけど、あの画面がどっちから見ていたかは憶えてる。
同じアングルから見ているのなら、これが見えるはずだ。だからこそ、
もう少しでいいから高く手を…!
そこが限界だった。
痛みと脱力感に屈し、それ以上手を挙げておく事が出来なくなった。
ガクリと力が抜け、右手が落ちる。
血に塗れた地面に…
パシッ!
落ちるかと思った手を、誰かの手が掴んだのを感じた。
え?
誰だ!?
ここに人がいるなんて…
「よく頑張ったねえ、友樹。」
かすむ視界の中に、見慣れた金髪の女性の笑みがあった。
僕の目の前に、その人が屈みこんでいるのを辛うじて認識した。
誰なのか、考えるまでもなかった。
…と言うか、想定しなかった自分にちょっと呆れた。
考えれば分かるはずだったのに。
僕の頭の中のタカネさんが「覚醒」したのなら、現出できるって事だ。
勝手知ったるこの世界でなら、体を形成するなんて難しくもない。
…何だろう。
激痛さえ馬鹿馬鹿しくなった。
そうだ。
タカネさんが一緒なんだった。
その意味を、すっかり忘れていた。
僕の手を掴むタカネさんが、虚空に向けサムズアップするのが見えた。
顔は見えなかったけど、その意味ははっきり分かった。僕が思ったのと
同じ方向だったから。
きっとドヤ顔してるんだろうなぁ。タカネさんだし。
ああ。
僕は帰ってきたんだ。
動けないけど。
シャレにならないくらい痛いけど。
何なら死にそうだけど。
それでも僕は、帰ってきたんだ。
僕の世界に。
やりましたよ、向こうのみんな。
とりあえず…
救急車呼んで下さい、タカネさん。
早くっ!!
もう限界だから!!




