さよならフレドくん
赤ん坊の毎日って、想像した以上にとことんヒマだった。
だから、ぬいぐるみタカネさんからいろんな話をとことん聞いた。
異世界転移の事も、置換転移魔法の事も詳しく訊いた。
2863年に渡る宇宙の旅の果て、辿り着いた新世界。そこは本当に
遠過ぎる世界だ。そこと比べれば、たとえ異世界でも日本同士であれば
色んな意味でぐっと近い。だから、異世界と通信が繋がったんだとか。
想像が追いつかないけど、それでも理解できなくはなかった。僕も大概
ラノベに毒されていたんだろうな。そんな現実を、今さら思い知った。
そんな今になって思う。
異世界って、どのくらい遠いのか。人の感覚でその距離を実感する事は
可能なのだろうか。もしかすると、感覚的には数億年とかになったり…
つまらない事を考えても仕方ない。
ここまで来たら、行くしかない!!
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架け橋。
それは天恵の能力に対する比喩表現だと思ってたけど、ガチだった。
広さの概念がない意識だけの世界の真っ只中に、まさに橋が架かった。
体は動かせない。目を閉じた覚えはないけど、もう周囲は見えてない。
あぁ、もう始まってるんだ。今さら中止はない。渡るしかないんだな。
怖いか否かと問われれば、もちろん怖い。生死の話以前に、こんな体験
絶対に一生に一度だ。いや、確かに転生は経験しているけど、あっちは
問答無用の自動処理だった。神様に会いに行くイベントさえなかった。
だけど、これは僕が自分で選択した道だ。自分で渡らなきゃいけない。
怖かろうが何だろうが、ネミルさんが架けてくれた橋を渡るしかない。
勇気を振り絞って…
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いや、違うな。
怖いってだけじゃないんだ。
ちゃんとお礼を言って、挨拶をする機会を逃した。ここまで前触れなく
本番に臨むとは思っていなかった。だからこそ、悔いが残ったんだ。
まずい。
こんな後ろ向きの精神状態じゃあ、どんな悪影響が出るか分からない。
厳しいのは分かり切っているのに、こんな半端な気持ちのままでは…
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そこで僕は気付いた。
この場にたった一人だけ、僕以外の存在がいてくれている事に。
僕を見つめる顔に、限りなく覚えがあった。そして親しみも湧いた。
そうだ。僕はこんな姿だったんだ。
そうだよな、フレドくん。
ずっと一緒にいたよな、僕たちは。
笑いかけてみた。
顔や表情と呼べる概念は、限りなく曖昧になってしまっているけど。
それでも笑う事は出来た。そして、それは間違いなく彼に伝わった。
同じように笑い返してくれたから。
フレドくんは、僕に笑ってくれた。
ずっと一緒だった、この僕に。
ありがとうね、フレドくん。
どの口が言うんだよって話だけど、弟ができたみたいな気分だったよ。
いつか消えてしまうんじゃないか、という不安に何度も苛まれた。
僕がここにいる限り、フレドくんに「人生」と呼べるものは訪れない。
ディナさんも、とんでもない天恵を授かったもんだよねホントに。
だけど、必ずしも悪い事ばかりじゃなかった。
勝手な言い草だけど、僕はこの体験をマイナスだけには捉えていない。
ひとりの人間として、得難い経験をさせてもらえた。そう思っている。
ありがとうね、フレドくん。
君のその笑顔が、僕への選別だよ。
別れの言葉も送り出す言葉も、もう十分過ぎるほどもらっていたから。
今ここでそんなのを繰り返しても、意味なんてないんだろう。
もう後戻りは出来ない。
そんな今この瞬間だからこそ、君の笑顔が最後の勇気をくれるんだ。
ありがとうね、フレドくん。
幸せになってくれよ、フレドくん。
じゃあね!!
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キュイン!
一瞬だけ、音が聞こえた気がした。
架け橋を駆け抜ける僕には、時間の感覚などそもそも存在しなかった。
だけど、感覚ではなく思考で判る。これ、本当に一瞬なんだろうなと。
先行する光が小さく見えた。
多分、あれはタカネさんの情報だ。向こうの僕の記憶の中に存在する、
プログラムに上書きするための。
ホタルのようなその光を、まっすぐ追いかけて架け橋を駆け抜ける。
動かす体はない。だけど駆け抜けると形容するしかない感じだった。
もう向こうに戻る選択はない。
フレドくんの覚醒を信じるだけだ。きっと大丈夫。それは信じてる。
僕は僕の、あるべき場所へと戻る。ずっと前に止まってしまった時間を
もう一度動かすために。
あそこだ。
橋が尽きる場所が、僕の体だ。
覚悟を決めろ、荒野友樹!
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………………
唐突に、全てが停止した。
感覚的だった世界が、一気に現実に染め上げられていく。
予想と違う。
覚悟していたのとも違う。
痛みも苦しみもない。
ただの虚無。
動かせない。
感じ取れない。
何もない。
そうか。
僕は今さら、思い違いに気付いた。
痛みや苦しみは、生きていてこその感覚なのだという事に。
そうだった。
僕の体はもう、死んでしまってる。だから何もないんだ。苦痛さえも。
生きている人間に、それを想像する事は出来なかったんだ。
どうすればいいのか。
僕に何ができるのか。
無理に決まってる。
死んだ人間の魂だけが生きている。こんなの、誰が理解できるんだ。
僕の魂は、体の死と同時に向こうの世界に召喚された。他でもない、
この僕がそれを全て体験したんだ。
じゃあ僕は
どこへ行けばいい?
まさか
この虚無の中に、永遠に居続ける?
人間が死ぬのは一度だけだ。
だとするなら、僕はもうその一度を終えてしまってるんだ。
もう一度死ぬという概念そのものが無ければ、僕はここで終わりなの?
亡骸の中で、永遠にあり続けるの?
嫌だ。
そんなの嫌だ。
こんなの嫌だ!
助けてよ、タカネさん!!!




